『そして名探偵は生まれた』歌野晶午(詳伝社文庫)★★★☆☆

「そして名探偵は生まれた」★★★☆☆
 ――影浦逸水は名探偵だった。だが事件記録を発表して名誉毀損で訴えられたことがあるため、世間的にはしがない興信所探偵で通していた。事件解決の褒美に訪れていた雪の山荘で、密室殺人が起こった。だが金にならない事件だからと影浦は腰を上げない。私は自力で解決しようとするが……。

 タイトルや影浦の行動から、すぐに真犯人の見当はついてしまいます。しかしそういうからくりにばかり気を取られていると、密室トリックに足下をすくわれます。歌野晶午らしい大胆かつトリッキーな密室ものです。そして真の真犯人も……。
 

「生存者、一名」★★★★☆
 ――「生存者一名、死者五名で捜索終了」。……たぶんわたしは死ぬ。殺人鬼がやってこなくても、もう食料が尽きた。わたしたち四人はJR駅爆破事件の実行犯だった。信じていた教団に裏切られ、孤島に置き去りにされたのだ。わたしたちを島に連れてきた司教は一人クルーザーで逃げてしまった。数日後、一人目が死体で見つかった。

 歌野版『そして誰もいなくなった』。動機は現実的なぶん説得力もあり、あの伏線がこう生きるか――という伏線の巧みな張り方は、現役世代ではやはり随一だと思います。記述者が書いていないことは読者にはわからない、という意味では、(最後に語り手が指摘する犯人の外見なども)叙述トリックの一種だと言えるでしょう。結末はリドル・ストーリーという贅沢ぶり。
 

「館という名の楽園で」★★★☆☆
 ――N大学探偵小説研究会のメンバーだった冬木が、実際に館を作ったという。招待を受けた水城・岩井・平塚・小田切が館を訪れると、三菱型をしたその「三星館」で、犯人当ての余興が開始された。

 実際には穴があるアイデアを、作中人物が趣味で作った、という形でクリアするのは、上手いというかずるいというか。
 

「夏の雪、冬のサンバ」★★★☆☆
 ――あの泥棒が羨ましい。この場合の「あの泥棒」とは、同じアパートに住んでいる中国人のドラゴンのことだ。キノシタはドラゴンの部屋に上がり込み、分け前を要求した……。――ダビデが目を覚ますと、バロンが騒いでいた。ドラゴンが殺されているらしい。

 作中に存在する時間の齟齬がトリックではなく必然であったことや、日本人など住みつきもしないような欠陥すれすれの安アパートという舞台が活かされているところなど、考え抜かれた作品ですが、そうした密室やトリック以上に、「二銭銅貨」へのオマージュが強い印象を与えます。
 

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