『Les Aventures de Loufock Holmès』Cami,1926年。
カミの代表作、だと思うのだけれど、長らく品切れ状態だったルーフォック・オルメスものが、新訳&完訳で創元推理文庫に入りました。名作映画のタイトルバックのようなレトロなカバーデザインが印象的。「黒い天井」はこの短篇集には収録されていないようです。駄洒落や親父ギャグの光る第一部、狂気のロジックが炸裂する第二部の二部構成です。第二部の方が出来がいいです。
「第一部 ルーフォック・オルメス、向かうところ敵なし」(Loufock-Holmès contre tous)
「校正者殺人事件」(L'Assassinat de l'accordeur)★★★☆☆
――売れっこ校正者が殺された。被害者は老いてもフサフサなのを気にして禿げヅラをかぶっていた。オルメスは床の埃を見て犯人を言い当てた!
超絶推理……というよりもむしろ、サディスティックな証人扱いと超絶的な犯行方法が目覚ましかったです。
「催眠術比べ」(La Tragique affaire des somnambules)★★★☆☆
――盗賊団は夢遊病者たちに泥棒をさせていた。夢遊病なら高いところでも目を回さずにいられるから、屋根を上を渡って逃げられるのだ。オルメスは助手に催眠術をかけて対抗しようとしたが……。
これはあれですね、漫画とかで崖の上空を歩いて行って、下に地面がない!とわかった途端にひゅーっと落ちて行ってしまうのと、同じ原理です。
「白い壁に残された赤い大きな手」(La Main rouge sur le mur blanc)★★☆☆☆
――現場の白い壁には一メートルの血の手形。被害者は張り倒されて殺されていた。
この作品でオルメスがおこなった自家撞着推理はちょっと笑えませんでした。飛躍にも乏しい作品です。
「骸骨盗難事件」(Le Squelette disparu)★★☆☆☆
――被害者は自分が刺されていないか、撃たれていないか、帰宅すると必ずレントゲンで確認していた。ところが昨夜レントゲンを撮ると、骸骨が映っていない。
オルメス作品の世界だからこそ成立するオチです。当たり前のことだったとはいえ、むしろオルメスの推理よりキレがある真相だったと思います。末尾にある訳者コメントは、原書にはなく、実際の訳者が書いてあるんですよね……蛇足だと思うのですが。
「ヴェニスの潜水殺人犯」(Le Scaphandrier de Venise)★★★☆☆
――ゴンドラの底に穴を開け、乗客を水中に引きずりこんで殺して金品を奪う事件が発生していた。警官が潜ったころにはすでに犯人は水中を自転車で逃げていた。オルメスは鳩を用意して、助手と自転車で追跡する。
鳩という謎めいた思わせぶりが出てくるところがいかにも名探偵らしかったのですが、何とただの合図! 犯人をつかまえる手段は別にありました(^^;。そこが意外性といえば意外性でした。
「警官殺人事件」(L'Assassinat du commissaire)★☆☆☆☆
――警官が殺された。被害者には小さな血塗れの手形が残されていたが、現場には大きな足跡があった。オルメスは地面からブリキの板を拾って、この矛盾した手がかりを解消する。
芸人さんがコントを演じているのを頭のなかに思い浮かべれば、絵的には面白いのですが、それ以外には「そのまんま」すぎていいところがありません。
「奇妙な自殺」(Un Étrange suicide)★★☆☆☆
――「オルメスさん、実は私は二時間前に自宅の食堂で自殺したのですが、私の姿が見えますでしょうか?」「あり得ない。あなたはここにいるんだから……」
殺人事件でならあり得そうなことを、自殺でやってのけました。けだし名犯人というべきでしょう。
「禿げの女曲芸師」(L'Écuyère chauve)★☆☆☆☆
――七階の部屋から落ちた禿げの女曲芸師は、たまたま下を運んでいた地球儀に頭を突っ込んで死んだ。死因は溺死。地球儀には水が詰まっていたらしい。どうやら殺人事件のようだ。
馬鹿げているようで、これと似たようなことを大まじめにやっているのが本格ミステリというジャンルなのだから笑えません(^^;。これを奇想と思わずに、ひねりがないと感じてしまうわたしが間違っているのでしょう。
「本物の嗅覚」(Un Vrai flair de limier)★☆☆☆☆
――オルメスが整形外科医を訪れた。事件解決のため、自分の鼻を猟犬の鼻に付け替えてほしいという。
これもわりとそのまんまの内容でした。
「証拠を残さぬ殺人」(Les Étrangleurs de hernies)★★★★☆
――虫も殺さぬ顔の盗賊団は、ヘルニア患者ばかりを狙った巧妙な殺人に続いて、金線の入った卵立てから金線を盗む計画を立てた。
風が吹いたら……ではないけれど、突拍子もない犯罪を突拍子もない発想で次々とくらまそうとする、無理に無理を重ねてゆくとんでもない理屈が愉快です。
「空飛ぶボートの謎」(L'Enigme du canot volant)★★★★☆
――警察はとうとう虫も殺さぬ顔の盗賊団を塔の上に追いつめた。ところが盗賊団は船を漕いで空中を渡ってゆく。
警官隊への号令「傘を開け!」に大笑い。そんな間抜けなこと命令口調で言われても(^^;。そしてオルメスの推理。そりゃ船も漕げますとも。
「愛による殺人」(Un Drame passionnel)★★☆☆☆
――空き地で見つかった足には歯形がついていた。オルメスが捜査するまでもなく、眉毛のつながった男が犯人だと名乗り出た。
死体をばらばらに「しない」動機という、意図してかせざるか、ミステリのパロディ度の高い作品でした。
「列車強盗事件」(Les Pirates du rail ou l'attaque du train 11)★★☆☆☆
――オオカミの仮面をつけた男たちが十一号列車の乗客から金品を奪い、列車から飛び降りると姿を消した。付近には牝牛が放し飼いにされているだけで犯人たちは見つからない。
わざわざ局長が改めるオチが余計で意味がないように感じました。
「聖ニャンコラン通りの悲劇」(Les Mystères de la rue Saint-Couic)★★★★☆
――老人の男と若い女が建物から落ちて死んでいた。住人たちは女が「怪我らしい!」「毛皮らしい!」……等と叫んでいたと証言したが……。
駄洒落を含むためその部分は恐らくほぼ翻訳版オリジナルです。自然なことば遊びに加えて、「モルグ街」と「這う人」を連想させるハチャメチャな内容もふるっています。
「ふたつの顔を持つ男」(L'Homme aus deux profils ou l'étrange assassinat)★☆☆☆☆
――胸を刺されて倒れていた男は、白髪染めのモデルだった。髪と髭の半分が白く、半分が黒い。
ただでさえネタの割れている作品なのに、訳者コメントがさらに余計なひとことでした。
「後宮の妻たち」(La Villa isolée)★★★★☆
――男女二人が銃弾を四百八十発ずつ撃ち込まれて殺されていた。オルメスは現場の足跡を見て、それがトルコの足跡だと喝破する。
好みの問題でしょうけれど、やはりただの駄洒落やワンアイデアの作品よりも、ある程度ストーリーがしっかりしている作品の方が楽しめます。リュナティックやモンマルトルの宦官などの小ネタも充実してます。
「生まれ変わり」(Réincarnée)★★★★☆
――どこかから吹っ飛んできた男が卵立てに頭を突っ込んで死んでいた。死体の握っている馬の尻尾の毛から、オルメスは犯人を推理する。
細かい数をいちいち数えるネタはもう飽きてしまいましたが、スケールという点ではこれまでで随一です。ただしあり得ないこととはいえ、ナンセンスやシュールというのとは違って、何となく腑に落ちてしまうので、そこが評価の別れるところでしょうか。
「シカゴの怪事件――鳴らない鐘とおしゃべりな卵」(Les Mystères de Chicago ou cloches muettes et oeufs qui parlent)★★★☆☆
――復活祭の日曜日、鐘が一つも鳴らないという事件が起こった。セント・ジョン教会の鐘つき男が酒の匂いをさせて復活祭の卵のかけらを握って倒れていた。
シカゴが舞台というところだけから思いついたような内容なのに、いえむしろ、そんな単純な発想ゆえにでしょうか、かえって意外性が感じられて面白かったです。
「ミュージック・ホール殺人事件」(Marat ou le bain final)★★☆☆☆
――マラーがシャルロット・コルデーに殺される事件を描いた芝居を上演している最中、マラーが実際に死んでしまった。「湯が! 豚足のトリュフ詰めが!」という末期の叫びを聞いて、オルメスは犯人を推理する。
舞台上の殺人という、いかにも謎解き小説めいた発端ながら、理屈も伏線も何もないというとんでもない作品でした。
「第二部 ルーフォック・オルメス、怪人スペクトラと闘う」(Spectras contre Loufock Holmès)
「血まみれのトランク事件」(L'Affaire des malles sanglantes)★★★★☆
――七百五十九個のトランクに死体が詰められたバラバラ殺人事件が発生した。新聞の求人広告欄を見たオルメスは、たちどころに犯人を見抜くが――。
凶悪な犯行とトンデモな動機のギャップに開いた口がふさがりません。有名な「巨大なインク壺の謎」に代表されるように、第二部には理屈の型から大きくはずれた理屈で常識まみれの頭をぶっ壊す作品がいくつかありました。
「《とんがり塔》の謎」(Le Mystère de la Tour pointue)★★★★☆
――血まみれのトランク事件の犯人が脱獄した。鉄格子を切断し、二十枚のシーツを結び合わせて……。犯人はどうやって道具を調達したのか、オルメスは頭をひねる。
言われてみればナルホド……と思うかどうかは別にして、この〈目の前にあるのに指摘されないと気づかない事実〉というのはまさしくミステリ以外の何ものでもありません。「血まみれのトランク事件」にスペクトラ出てこないじゃん、と思っていたら、そういうことだったんですね。
「〈クラリネットの穴〉盗難事件」(Le Trou de clarinette)★★★☆☆
――物乞いの盲人が怪人スペクトラに殺され、クラリネットの三番目の穴が盗まれていた。
穴が盗まれるという、論理遊びめいた出来事が起こりますが、スペクトラの狙い自体はルパン・シリーズを思わせる無難なものでした。
「ギロチンの怪」(La Mystèrieuse guillotine)★★★★☆
――再び逮捕されたスペクトラは、ギロチン刑に処されることになった。だがオルメスたちの見ている前で、スペクトラはギロチンとともに上空に消え去った。
くだらなすぎる大トリックと、前話を伏線にしたシュールな奇計。「とんがり塔」事件を起こした犯人からすれば、このくらいのことは朝飯前だったでしょう。スペクトラが負けてしまうとシリーズが終わってしまうからでしょうか、オルメスの勝率が悪いです。
「大西洋の盗賊団」(Les Bandits de l'Atlantique)★★★☆☆
――豪華客船が沈没し、貴重品を入れた金庫がなくなっていた。オルメスはスペクトラの仕業だと見抜き、船底が海上にある船で挑む。
沈没しないための理屈がまるでルイス・キャロルのようで、スペクトラ篇に入ってからやや押され気味だったオルメスの面目躍如です。
「チェッカーによる殺人」(Le Damier qui tue)★★★☆☆
――またもとんがり塔に投獄され、終日ふたりの看守に見張られることになったスペクトラ。処刑前日になると、チェッカーがやりたいと言い出した。死刑囚はトランプをするものなのだが……。
これまた無から有を、いえ虚から実を作るという点で、「とんがり塔の謎」の再来です。チェッカー用語がネタなのでいまいちわかりづらいですが。
「人殺しをする赤ん坊の謎」(Le Bébé rouge)★★★★☆
――巨大な赤ん坊が産院から逃げ出し、牛乳屋が次々に襲われる事件が起こった。
牛乳といえばフランボーの語られざるエピソードに素晴らしい犯罪がありましたが、それに匹敵する奇想とセコさです。
「スフィンクスの秘密」(Le Secret du sphinx)★★☆☆☆
――スフィンクスの秘密の書かれたパピルスを翻訳していた研究員が、殺されてパピルスを奪われた。オルメスたちはスフィンクスの内部に向かう。
スペクトラがぶっとんだ発想の犯罪をおこなってくれないと、オルメスも迷推理を披露しようがありません。二人とも機械仕掛けのスフィンクスを動かしただけに終わってしまいました。
「真夜中のカタツムリ」(Les Escargots de minuit)★☆☆☆☆
――護送中のスペクトラが消えていた。そして護送車の中にはカタツムリが詰まっていた。
第一部のようなただの駄洒落に戻ってしまった。
「道化師の死」(Le Clown mystèrieux)★★★★☆
――ふたりの老人が死んでいた。ひとりは道化師の扮装をし、ひとりは道化師の口のなかに腕を突っ込んでいた。
道化師姿という不思議な恰好と、腕を突っ込んでいたという理由が、オルメスの推理によってぴたりと合わさっていて、完成度という点では本書一かも。とは言っても、オルメスはただ相づちを打っているだけなのですが……。
「競馬場の怪」(Le Mystère du champ de courses)★★☆☆☆――本命が敗れて穴馬ばかりが一着になるレースが続いていた。オルメスは怪しい目つきの老人がスペクトラだと見抜く。
駄洒落だけで作られている作品は、ちときついです。
「血まみれの細菌たち」(Les Microbes sanglants)★★☆☆☆
――連続殺人団を追ったオルメスたちは、犯人たちが老細菌学者の部屋に逃げ込んだのを目撃した。だが室内には学者の姿と細菌の入ったガラスケースしかない。
ある意味では逆転の発想です。犯罪そのものを成功させるのはもちろん、そのあとに如何にして逃げおおせるか――というのも確かに大事なことですが。
「地下墓地の謎」(Le Mystère des Catacombes)★★☆☆☆
――カタコンブで起こった殺人事件。壁に残された手の跡がスペクトラのものと一致した。盗んだチーズを頭蓋骨に偽装していたのを、観光客に気づかれそうになって犯行に及んだのだ。
駄洒落による犯行をおこなうスペクトラに対し、まがりなりにも理屈(?)によって対抗するオルメスが新鮮でした。
「死刑台のタンゴ」(Le Tango de l'échaufaud)★☆☆☆☆
――スペクトラの死刑執行当日。スペクトラの独房を訪れた検事や保安局長や贖罪司祭が、二人一組になってタンゴを踊り出した。
ことば遊びの理屈はわかりますが、タンゴである必然性はまったくありませんでした。
「巨大なインク壺の謎」(Le Retour de l'incinéré)★★★★☆
――全身インクまみれの男が「火葬場からの生還」とうわごとを言っているのが見つかった。数週間後、オルメスは本屋で『火葬場からの生還』というタイトルの本を見つけ、スペクトラのアジトに乗り込む。
この作品は『ちくま文学の森』に収録されているので本書のなかでも人口に膾炙している作品だと思います。最終話だったんですね。目的を達成するためにどう考えても見合わないほどの巨大な労力を使うバカバカしさが際立っている一篇です。
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