『オーブランの少女』深緑野分(創元推理文庫)★★★★☆

 『Les Filles dans le jardin Aublanc』深緑野分,2013年。

「オーブランの少女」(2010)★★★★★
 ――オーブランの庭を管理していた老姉妹が、悪鬼のような老婆に殺された。老姉妹の妹が書いていた日記から、恐るべき事実が明らかになった――。そこでなら病気を治してもらえると父に言われて、わたしはオーブランに連れて来られ、マルグリットと呼ばれるようになった。管理者のマダムはローズという少女ばかりをかわいがっており、わたしは両親に手紙を書くことすら許されなかった。

 とんでもないデビュー作です。外国文学への憧れを隠そうともしない設定。それが鼻につかないどころか本作品の内容にとってそうした舞台設定が必然であるという揺るぎない構成。謎めいた施設に、サナトリウムという文学映えする舞台に、ホラー映画のような阿鼻叫喚。作品のすみずみにまで、著者がこれまで見聞きしてきたのであろう小説群から摂取した血肉が通っていました。
 

「仮面」(2012)★★★★☆
 ――アトキンソン医師は雪のなかバルベル夫人の家を訪問した。主治医を務めていたバルベル氏の死以来しばらくぶりだった。ノックに応えて、メイドのアミラが焼け爛れた顔を出した――。アミラから相談を受けたのはひと月ほど前のことだった。バルベル氏の死後、妹のリルが夫人から折檻を受け、人買いに売られそうになっている。ついては夫人を殺してほしい……。

 アトキンソン医師、アミラ、占い師ルクレツィア三者三様の心のうちが描き出されていて、誰が主役というわけでもない複眼的な物語が綴られています。ヴィクトリア朝の男性においては不自然ではないのかもしれない歪んだ優しさを持つアトキンソン、『歯と爪』を思わせる復讐を遂げながら、達成感とは真逆の感情を抱くことになるルクレツィア、悪魔のような残酷な顔とそれとは裏腹の弱さを見せるアミラ、それぞれが各様の仮面をつけていました。
 

「大雨とトマト」(2013)★★★☆☆
 ――日曜の昼過ぎには暴風雨に変わった。客はひとりだけだった。常連客だが素性は知らない。ふいにエンジン音が聞こえ、フードをかぶった少女がタクシーから降りて来店した。少女はトマトのサラダだけを注文した。店主は少女をどこかで見たことがあるような気がしていた。マグカップを前にした少女を見て、店主はあっと声を上げそうになった。

 両親と息子とのあいだにあったトラブルの説明の後先を入れ換えたり、「父親を、探しているんです」という情報の言い落としなど、掌篇ながらしっかり組み立てられています。最後には店主にも真相の一端が明らかになる分、救われたような、店主としてはさらに悩ましいような。
 

「片想い」(2013)★★★☆☆
 ――水野環さんとは同室が縁で親しくなった。銀行を経営するお父上が入院したため、寄宿舎があるこの学校に移ったのだという。お母上は亡くなっていたし、女中頭とはうまが合わないらしい。女学生のあいだでは、手紙がはやっていた。エスとはシスタアの頭文字で、姉妹のような深い関係を結ぶことである。

 絶海の孤島などではなくても、閉じた世界は作れるのだ、という好例。とはいえやはり無理は生じる。無理が生じるからほころびも出るわけですが。写真の一枚にしても、ぎりぎりのところで成り立っているつなわたりで、当事者からすればびくびくものだったでしょう。
 

「氷の皇国」(2013)★★★★☆
 ――干涸らびた首なし死体が発見された。吟遊詩人は語る、かつて栄えたユヌースク帝国のことを――。ケーキリア皇女は皇帝から溺愛されていたが、皇位の第一継承者は弟のウルリクにあった。元近衛兵のヘイザルが皇帝に処罰されそうになったとき、庇ったのが皇女だった。今でもヘイザルに気がある皇女は、ヘイザルを雑役夫として再雇用した。そのことが皇帝の逆鱗に触れることを恐れたヘイザルは、娘のエルダと親友ヨン親娘とともに国を出ることにしたが……。

 最終話は架空の国を舞台にしたファンタジーです。「サロメ」と「女か虎か」を下敷きにした、皇女と皇后の思惑のぶつかり合いに、恐怖さえ覚えます。そんな女たちとは裏腹に、皇帝と皇太子はそろって無能。そんななか、ヘイザルたちの家族への思いに救われます。
 

  


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