『ドン・キホーテの消息』樺山三英(幻戯書房)★★★★☆

 樺山三英数年ぶりの作品の題材はドン・キホーテ。人捜しを依頼されたペット捜し専門の私立探偵が、消えた老人を捜す「探偵」パートと、みずからをドン・キホーテだと信じる老人が従者サンチョ・パンサとともに現代に繰り出す「騎士」パートから成ります。

 樺山三英らしく、私立探偵小説やドン・キホーテにとどまらないパロディが随所に見られます。

 四百年ぶりに第四の遍歴に出かけた老人は、本家と同じく妄想に取り憑かれた狂人のようにも思えますが、「探偵 III」のなかで、この世界では『ドン・キホーテ』という作品が存在しない、または知られていない、(あるいは依頼人と探偵だけが知らない)ということが明らかになります。

 老人の部屋に残されていた「ドン・キホーテ第四の遍歴」という舞台チケットの存在からは、老人がその舞台の登場人物だとみずからを思い込んだという、ピランデッロ『エンリコ四世』にも似た可能性を感じさせます。

 しかも作中作「ドン・キホーテ第四の遍歴」は、偽物の騎士ドン・キホーテを追って現代に本物の騎士が迷い込むというメタフィクショナルな作品でした。さらに観客を巻き込んで現実と虚構の垣根をなくそうという仕掛けが、探偵の私生活を直撃します。

 やがて探偵が会った患者と医師、依頼人の運転手とタクシードライバーの記憶が混乱しはじめ、探偵の存在自体があやうくなってきます。

 意外だったのは、私立探偵小説批評でありつつ私立探偵小説としてもしっかりと結末をつけているところですが、考えてみれば私立探偵なんて自己のアイデンティティを繋いでさまよっているようなものでしょうかね。

 原典である『ドン・キホーテ』という作品の成立と語り自体がなかなか複雑で面白いもので、すでにメタフィクショナルな視点が見られていたのですが、そこに過去と現在といった新たな対比軸や、新旧さまざまなジャンルの要素が加わり、現代社会に対する批評のようなものにもなっていました。
 

  


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