『ディナーで殺人を(下)』ピーター・ヘイニング編(創元推理文庫)★★★☆☆

 『Murder on the Menu』Peter Haining,1991年。
 

「第二部 歴史風のアントレ(承前)」

「唐辛子の味がわからなかった男」G・B・スターン/田口俊樹訳(The Man Who Couldn't Taste Pepper,G. B. Stern)★★★☆☆
 ――チャールズとフアンはドゥルーズという一人の女をめぐって一触即発の状態だった。私は女の方を説得しようとしたが適わず、仕方なく、女の手料理に唐辛子を入れて恥を掻かせようと考えた。だがそのことがかえって悪い事態を招いてしまい、二人の男は決闘することになってしまった。

 タイトルでネタバレしているようなものですが、短いなかに二人の男と一人の女と語り手の男の性格が上手く描かれていました。
 

「最後の晩餐」ロジャー・ゼラズニイ田口俊樹訳(Final Dining,Roger Zelazny)★★☆☆☆
 ――彼は絵筆をもってじっと立ったままで、ほれぼれと私を見ていた。「髪をもう少し赤くしないとな」「ほんの少し」と私は言った。十五分で仕上がるような肖像画描きはもうやめるべきだ、と彼は思った。十時にミニヨンが来る。そうだ、彼女におまえを見せてやろう、おれにこれほどの絵が描けるとは思っていないだろう。

 肖像画の視点で語られる、魅入られた画家の破滅まで。
 

「第三部 デザート――探偵小説傑作選」

「二十四羽の黒ツグミアガサ・クリスティ/宇野利泰訳(Four-and-Twenty Blackbirds,Agatha Christie

 もう何度も読んだことがあるのでパス。
 

「長いメニュー」E・C・ベイリー/永井淳(The Long Dinner,E. C. Bailey)★★☆☆☆
 ――ファーカーという男が行方不明になった。裕福な夫妻から宝石を盗んで逃げた疑いも持たれている。

 レジナルド・フォーチュンが活躍する探偵譚。何が起こっているのかわからないような手探り状態のまま真相に向かってゆく過程が、あまりうまくいっていません。
 

「暗殺者クラブ」ニコラス・ブレイク深町眞理子(The Assasins' Club,Nicolas Blake)★★★☆☆
 ――探偵作家ばかりが集まったパーティーで、嫌われ者の売れっ子作家が刺殺された。恨みを口にしていたクリップスの犯行か、停電にする機会のあったデールの犯行か。やがてH・Gのイニシャルのある血のついた手袋が見つかった。パーティーに参加していた私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズは――。

 探偵小説的な盲点を突いた作品です。見えない人パターンとも言えますが、「○○を着けるのは犯行を隠すため」という殺人捜査の先入観を突いた、あるべきものがない手がかりと組み合わせているところが優れていました。
 

「ふたりで夕食を」ロイ・ヴィカーズ/田口俊樹訳(Dinner for Two,Roy Vickers)★★★★☆
 ――化学者デニス・ヨールは弁理士エニングスが特許使用料をごまかしていると考えた。これは本当のことだった。恋人にも手を出したと思うようになったが、これは妄想だった。エニングスの部屋を訪れたヨールが発作的にナイフで刺し殺したあと、ドアをノックする音と、鍵穴に鍵を差し込む音が聞こえた。一階にいた恋人に似た女が、鍵を持つような関係だったのだろう。

 犯人による勇み足が、決定的な瑕となって最後には犯人に襲いかかります。思い込みがうまく利用されていますし、犯人の視点に立っている倒叙ものだからこそ、犯人の陥った思い込みに読んでいる方もついつられてしまいました。
 

「ニシンのジャム事件」マイケル・ギルバート/田口俊樹訳(A Case of Gourments,Michael Gilbert)★★★★☆
 ――パトリック・ペトレラ警部が法廷にいたのは、鉄道窃盗団から盗品を購入した男が理由だった。ところが同じ法廷にいた、パンのポスターを破いたダックワース氏に興味を持った。よくよく事情を聞いてみると、ダックワース氏は「頭がおかしいと思わないでくださいね」と前置きして、奇妙な事件を物語った。

 著者はレイモンド・チャンドラーの法律顧問でもあったそうです。ホームズ譚を思わせる、素朴ながら奇想に富んだ不思議な謎と、都会に隠された迷路が魅力的な作品でした。
 

「ディナーにラム酒を」ローレンス・G・ブロックマン田口俊樹訳(Rum for Dinner,Lawrence G. Blochman)★★★☆☆
 ――スターキー夫妻のパーティーで、客の一人オットー氏が死んだ。事故かはたまた毒殺か。だがほかの会食者は何の不調も訴えなかった。メニューにはラム酒と一緒にアキーというものを摂ったとあるが……?

 マイナーな外国の毒物を使うだけならただの物知りクイズにしかならないところですが、最後の最後に明らかになる夫妻の愛憎が、この作品に一種異様な凄みを与えていました。それにしても警察無能すぎるでしょ。。。
 

「競売の前夜」ジョルジュ・シムノン/越前敏弥訳(Vente à la Bougie,Georges Simenon)★★★★☆
 ――メグレは事件を再現していた。十年前、一人の男が殺され、部屋に火がつけられ、財布が消えていた。当時の関係者も今は宿屋の主人であったり、だらしない体型の女になっていたりした。

 いかにもメグレ風の回想から始まり、やけに切れ味のいい真相解明、そしてメグレものの本領たる心理の抉り方と、終盤に行くにしたがい盛り上がる密度が恐ろしく濃い作品でした。
 

「ポイズン・ア・ラ・カルト」レックス・スタウト小尾芙佐(Poison à la Carte,Rex Stout)★★★☆☆
 ――フリッツが料理人として招かれたためにネロ・ウルフも参加することにした晩餐会の席上で、砒素による毒殺事件が起こった。古代を模した十二人の女性が料理を運ぶはずだったが、予定が狂い誰がどの客に運んだかは明らかにならなかった。

 良くも悪くもレックス・スタウトらしい作品で、推理や証拠ではなく犯人を罠にかけて捕えるなんてのももはやこの人のパターンですね。そういう点がミステリとしては物足りないのですが、ウルフがフリッツのためにのこのこ出かけてくるとか、アーチーが都合の悪いことはウルフに隠しておくとか、ウルフファミリーを観察する楽しみはありました。
 

「おとなしい凶器」ロアルド・ダール田口俊樹訳(Lamb to the Slaughter,Roadl Dahl)★★★★☆
 ――夕食の支度をしようとするメアリーに、帰宅した夫は信じられない話を持ち出す。ショックを受けたメアリーは、夕食のために持っていた仔羊の冷凍腿肉で、発作的に夫を殴り殺してしまう。

 第三部そして本書の掉尾を飾るのは、短篇集『あなたに似た人』のなかでも著名な古典的名作です。読み返してみると、メアリーによる買い物の予行演習に、凄みを感じました。
 

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