『暗い越流』若竹七海(光文社文庫)★★★★☆

「蠅男」★★★☆☆
 ――六年前に死んだ祖父の遺骨を取ってきてほしい。初めに頼んだ「彼氏」は十万円を持って姿を消していた。あろうことかその「彼氏」、葉村晶が以前に仕事に同行したことのある男だった。依頼を受けた葉村は、幽霊屋敷だと評判の故・心霊研究家の廃屋を訪れた。

 蠅男と幽霊騒ぎが結びつけられて明らかになる真相は、かつての取材や依頼人の近況も含めたほぼすべての描写が伏線になっていました。オカルト信者とリアリストがいたからこそ成立し得た事件ですが、そのあたり依頼人の性格づけが巧みです。
 

「暗い越流」★★★☆☆
 ――五人殺しの磯崎保に届いたファンレターの差出人・山本優子を調査して欲しいと、磯崎の弁護士から依頼された。代わりにウチの雑誌でそのネタを使えることになった。だがライターの南の勧めで〈死ねない男〉の取材に行くことに。男が自殺未遂を繰り返す理由となった行方不明の彼女の名前は……。

 日本推理作家協会賞受賞作。あまりにもすごい作品は見た目が整いすぎていて一見すごみがわからない……とはこういう作品のことを言うのでしょう。ファンレターの動機に着目してしまうとありきたりな展開ですが、〈死ねない男〉に寄り道してから戻ってくる変化球のキレには目を瞠るものがありますし、登場人物の背景に流れる暗い越流が読み終えたあとまで心に尾を引きます。
 

「幸せの家」★★★☆☆
 ――三浦節子編集長が殺された。私とライターの南は、雑誌を完成させようとしているうち、編集長が脅迫をおこなっていた事実を知る。メモに残された取材対象者の誰かが編集長を殺したのだろう。

 ライターの南治彦が「暗い越流」に引き続き登場しています。公園の女の子のある情報から畳みかけるように明らかになる真相と、「暗い越流」と通底する心の暗部に心がひやりとします。
 

「狂酔」★★★★★
 ――警察が突入して来なければシスターたちには何もしない。俺は子どものころ誘拐されたことがある。家に戻ったときの「何も言うな」という親父の恐ろしい顔が目に焼きついているよ。親父の遺品を教会に寄付しようとしたときだ。本の隙間から落ちた写真を見て、教会からのボランティア青年アツシが声をあげた。「美奈子ねーちゃんだ」

 アル中の立てこもり犯が人質であるシスターたちに語る半生が描かれています。子どものころの誘拐の意味は何なのか、語り手が立てこもって半生を聞かせている動機は何なのか……子どものころ誘拐の背景と、繰り返された誘拐の動機(八百屋お七)についてはある程度の予想はつきましたが、そこから「おまえのせいだ」を経てあらゆる伏線が一つになる結末には衝撃の一言でした。
 

「道楽者の金庫」★★★★☆
 ――長谷川探偵調査所が閉鎖されてから、古書店を手伝っていた葉村晶は、古書店主の知り合いの遺品整理人を手伝い、蔵書整理とこけし整理をおこなっていた。ところが遺族から、金庫の鍵の書かれたこけしを見つけるよう命じられ、故人の別荘を訪れたが、こけしの棚が倒れてきて……。

 写真に写っていた別荘の棚にあった古書価の高い珍本が、めぐりめぐってすべての謎を一つに解き明かすキーとなっていました。こうした伏線と構成の完成度が安定して高いのはさすがです。こけしを用いた暗号ミステリでもあり、贅沢な逸品です。
 

  


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