『文豪ノ怪談ジュニア・セレクション 獣』東雅夫編/中川学絵(汐文社)★★★☆☆

 挿絵は泉鏡花の絵本でおなじみ中川学です。
 

山月記中島敦(1942)★★★★☆
 ――隴西の李徴は博学才穎であったが、賤吏に甘んずることを潔しとせず、ひたすら詩作に耽った。しかし文名は容易にはあがらず、ついに発狂したまま二度と戻ってはこなかった。翌年、陳郡の袁傪という者が勅命による使の最中、一匹の猛虎が叢から躍り出た。

 どちらかというと内容よりも文体の印象が強い著者ですが、編者は典拠である「人虎記」と比較することでその構成力についても評価していました。
 

「牛女」小川未明(1919)★★★☆☆
 ――その大きな女はおしで、くびを垂れてあるくので牛女と呼ばれていた。子供と二人ぎりでしたが、やさしく力の強い牛女も病気になりました。子供は、死んだ母親が恋しくなると、かなたの山を見ました。すると天気のいい日には、牛女の黒い姿を見ることができたのです。

 牛女とは呼び名であって、実は牛の怪ではなくただの人間です(あるいはこうもりです)。けれど彼方の山に姿が見えたり、町に現れたりといった不思議な出来事が起こり、それが「牛女」という名前で呼ばれると、実態が不明となり名前だけが残り、そうして妖怪が生まれるのかも……といろいろと考えてしまいました。
 

「馬の脚」芥川龍之介(1925)★★★☆☆
 ――脳溢血で頓死した忍野半三郎は支那人のいる事務室に来ていた。「人違いですね。だが三日前に死んでいて、すでに脚が腐っている」。現世に戻そうにも、代わりの脚がないため、仕方なく馬の脚をつけることにした。半三郎は他人にばれないように常に長靴を履くようになった。

 わりとユーモラスな再話もので、馬の性質に乗っ取られてしまったがための騒動が描かれます。
 

「お化うさぎ」与謝野晶子(1908)★★★☆☆
 ――太郎さんがお座敷にいますと、築山のかげに白いものが見えます。「坊ちゃん、兎のようです」「だけれど少し変だね、梅」「尻尾が長いじゃありませんか」「お腹も大きいね」「顔も狸のようです」「狸が兎に化けているのだ、きっと」太郎さんはこの化兎に「私は狸」だといわせようと思いました。

 魔人を挑発して勝利を収める民話のようなパターンですが、狸は退治されることなく、どうやら仲良くなれたようです。編者の註釈に「一見ユーモラスだが、リアルな映像を思い浮かべてみると、なんともグロテスクな描写である」とありますが、その場面よりも、たぬきうさぎを描いた中川学氏の挿絵がすでに怖いです。
 

「閑山」坂口安吾(1938)★★★★☆
 ――いっぴきの狸いたずらした和尚にたしなめられ、いつしかその高風に感じいって小坊主になった。この狸は団九郎といい、眷属では名の知れた狸だった。やがて和尚が死ぬと怠惰な後継者をこらしめ、和尚となった団九郎は人呼んで呑火和尚といった。村のしれものが食事に砥粉をふりかけたために、呑火和尚は放屁の誘惑が止まらなくなった。

 再話ふうに始まりながら、中盤には安吾流のユーモアもといスラップスティックがが炸裂し、そのままの勢いで悟りの境地に突き進むという凄い作品です。これが人間の名僧の話ではなく狸の話であることを途中から忘れていました。
 

「尼」太宰治(1936)★★★☆☆
 ――昼のうちたくさん眠った罰で夜に眠れずにいると、襖がことことと鳴った。あけてみたら若い尼が立っていた。僕は、ああ妹だなと思ったので、おはいりといった。だしぬけに恐怖が襲った。「あなたは妹じゃないのですね」「うちを間違えたようです。寝なければなりません。私の顔を見ていてください。如来様がおいでになります」

 妹じゃないとわかったくだりのシュールなやり取りは「ネジ式」を連想するような心地よい居心地の悪さを感じましたが、蟹の話になるとトーンダウンしてしまいます。『御伽草子』もそうですが太宰はほんとうに諷刺が下手です。それでも最後にはこれも太宰らしいといえるような底の抜けた笑いが待っていました。ひとつの作品のなかにさまざまな作風が籠められています。
 

「交尾」梶井基次郎(1931)★★★☆☆
 ――どの家も寝静まっている。魚屋が咳いている。先程から露地の上には盛んに白いものが往来している。不意に二匹の城猫が寝転んで組打ちをはじめた。私は猫の交尾を見たことがあるがこんなものではない。仔猫がふざけているのでもない。

 梶井基次郎の文章は写実的なようでいて出来上がった作品は超現実的です。人によってはそれを繊細と呼び、人によっては病的と呼ぶでしょう。
 

注文の多い料理店宮沢賢治(1924)
 

「蛇くひ」泉鏡花(1898)★★★★☆
 ――假に(應)といへる一種異様の乞食ありて、郷屋敷田圃を徘徊す。軒毎に食を求め、與へざれば敢て去らず。渠等は拒みたる店前に集り、餓ゑて食ふものの何なるかを見よ、と叫びて、袂より畝々と這出づる蛇を掴みて、引斷りては舌鼓して咀嚼し、舐る態は、嘔吐を催し、心弱き婦女子は病を得ざるは寡なし。

 幻妖チャレンジ!のコーナー。鏡花の原文と編者による口語訳付き。中川学による乞食の挿絵が完全に妖怪ですが、鏡花作品そのものも蛇ではなく乞食が主役ですね。

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