首を折って人を殺す殺し屋「首折り男」に関連する短篇と、探偵の黒澤が登場する短篇から成る、異なる媒体に発表された短篇を集めてまとめたオムニバス作品集です。
「首折り男の周辺」(2008)★★★★☆
――定年後の若林夫妻がテレビを観ていて気づいた。「これ、隣のお兄さんじゃないかしら」。首を捻って人を殺した容疑者の特徴が、隣の部屋の大柄な住人と確かによく似ていた。その男が銀行のATMの列で怒鳴っているのを見て、やはり危険な人間なのだと確信した……。……気の弱い小笠原は、大藪という男と間違われて声をかけられた。待ち合わせに来ない大藪の代わりに人に会いに行ってくれ。物騒な話だとは思ったが、気弱ゆえに断りきれなかった。
この短篇自体が複数視点からなるオムニバス形式になっていて、首折り男の隣人である若林夫妻、物騒な仕事に就いている大藪によく似た小心な小笠原、いじめられっ子の中学生・中島の話が、ゆるやかにつながってゆきます。若林夫妻が目撃した大藪の「誰かに親切にしたい病」が、やがて小笠原や中島少年にも影響を及ぼしてゆくという点、やはり首折り男が中心に話が回っています。
「濡れ衣の話」(2010)★★★★☆
――刑事さん、冷酷無比の殺人鬼であったならどんなに楽でしょうか。人を殺しても心を痛めなくてすむでしょう。あの女が殺されれば、犯人は私だと名指しされるでしょう。今になって後悔しています。ですがあの女は息子の命を奪っておきながら、のうのうと暮らしていたとは。
濡れ衣はふつう着せられるものですが、これは濡れ衣を自分から着る話です……と思ってよくよく辞書を確認したら、広辞苑には「濡れ衣を着る」の形で載っていました。「首折り男の周辺」でちらっと言及されていた事件の一つの詳細です。
「僕の舟」(2011)★★★★☆
――意識もなく寝たきりの夫の横で、若林絵美は黒澤からの報告を聞いていた。若い頃に四日間だけ出会った“ロマンス”の相手をさがしてほしい。それが絵美の依頼だった。
第一話「首折り男の周辺」に登場した若林夫人が主役の話です。「首折り男の周辺」以上にかっちりと嵌るべきところに嵌っている話ですし、出来すぎという点では「濡れ衣の話」のようなコントみたいでもありました。
「人間らしく」(2013)★★★☆☆
――黒澤は釣り堀で知り合いになった女から、妹の夫が母の介護を押しつけたうえに不倫をしているから証拠をつかんでほしいと頼まれた。出版社とのトラブルがきっかけで知り合った作家の窪田は、クワガタは縄張り意識が強いので一匹ずつ飼わないといけないと言っていた……。……中山少年は塾でいじめられていた。以前そのクラスにいた生徒は、いじめられて背骨が曲がってしまったらしい。
探偵の黒澤が再登場……と思ったら、首折り男というタイトルながらどちらかといえば黒澤の話ばかりでした。三つのパートで構成されていますが、各パートをつなぐ譬喩があまり効果的ではありません。チャップリンの映画と特殊効果が次の「月曜日から逃げろ」への前奏曲になっていました。
「月曜日から逃げろ」(2013)★★★★☆
――黒澤はテレビ局の久喜山から、“裏の仕事”をネタに、いつの間にか久喜山の家に飾られていた盗品の絵画を元の持ち主の家に忍び込んで返してきてほしいと脅された。仕方なく言うとおりにしたが、忍び込んで金庫から金を盗るところをしっかりと録画されていた。
前話と同じく釣り堀から始まる黒澤ものは、実験的ともいえる構成が印象に残ります。手法自体はさほど珍しくないとはいえ違和感なく仕上げているのは泡坂妻夫にも似た職人魂を感じます。
「相談役の話」(2010)★★★☆☆
――山家清兵衛は伊達政宗の家臣であり、正宗の息子秀宗の相談役として仕えていたが、汚名を着せられ暗殺された。死後、暗殺に関わった者たちが不審死し、祟りだと恐れられた。学生時代の知り合いが父親から新しい子会社を任され、相談役に側近をつけたが、その側近が車に轢かれて即死したという。「そっくりじゃないか」と知り合いは言った。
語り手が嫌な知り合いへの意趣返しに、浮気の証拠をつかまえてやろうとして、依頼するのが、探偵の黒澤です。とはいえ完全な脇役です。内容も純然たる怪談で、さほど面白味はありません。
「合コンの話」(2009)★★★☆☆
――合コン依存症の井上は、臼田と尾花を誘っておきながら、直前になって欠席した。代役の佐藤は見るからに冴えない男だった。加藤が合コンに参加したのは、井上にひどい目に遭わされた知り合いの復讐のためだ。それなのにその井上が欠席とは。江川は信じられなかった。元カレの尾花が合コンに参加しているとは。しかも現在彼女がいるというのに。オーディションの結果を待っている木嶋にかかってきたのは父親からの電話だった。近くで俳優が首を折られて殺されたのを心配していた。
第一話からしてそもそも、首折り男に関連しているともしていないとも言えるようなゆるやかなつながりでしたが、この作品ではつながりがいっそう希薄になり、ほぼ無関係といってもよいのですが、大藪が直接登場する場面以外にも、父親からの電話や佐藤の冗談など、首折り男の存在は強く刻まれていました。オムニバス短篇集の掉尾は、やはりオムニバス風にいろいろな断片の混ぜ合わされた短篇でした。