『謎の館へようこそ 白 新本格30周年記念アンソロジー』東川篤哉他(講談社タイガ)★★★☆☆

 副題にあるとおり新本格30周年を記念した、館がテーマの書き下ろしアンソロジーです。綾辻行人的な〈館〉ものもあれば、舞台となるのが文化会〈館〉なだけのものもありましたが、意外なことに一族のお屋敷ものやクローズド・サークル的な意味での〈館〉ものはありませんでした。
 

「陽奇館(仮)の密室」東川篤哉 ★★★☆☆
 ――天才マジシャン花巻天界がこの陽奇館で突然の死を遂げました。四畳半一馬がそこまで言ったところで私は口を挟んだ。まだ完成していない建築中の館を陽奇館の名で呼んでいいものか……。タオルで首を絞められた花巻氏が倒れていた部屋は、掛け金のかけられた密室だった。掛け金に何らかの細工をしたのなら最初に扉に近づいた者が怪しいと四畳半探偵は言う。

 当然(仮)に何らかの意味があるものだと読み進めていましたが、超有名作のトリックが可能であるということを示すためのフェアな手がかりでしたか。しかも掛け金がかけられているという点で、その名作と比べても密室としてより完成度が上がっています。
 

「銀とクスノキ青髭館殺人事件~」一肇 ★★★☆☆
 ――七雲を殺そう。青髭館を見に行こうと私は七雲を誘った。人が消えてしまうという噂が本当ならば、殺さずとも消えてくれるのではないかと思いながら。「真似をしないで。個性だそうよ」そう言われて、私は側にあった花瓶を振り下ろしていた。翌日、そのままにしてきた死体の処理をしようと訪れると、死体は消えていた。そして私は庭で高校生“名探偵”罪善と出会った。

 「下位交換」や「棚に上がる」といったおかしな言葉遣いがそのまま用いられているのは、すべてが一人の高校生の内部のできごとであるということを仄めかしていたのでしょうか。やはりメインとなる仕掛けが目立ちますがそれだけではなく、青髭館の人間消失に関して、内面的な同一人物と外面的な同一人物と殺人事件という三者三様の説明が用意されている丁寧な作品です。
 

「文化会館の殺人――Dのディスパシリオン」古野まほろ ☆☆☆☆☆
 ――四重奏のソロ奏者が曲の冒頭で音をはずした。御殿山絵未が演奏会終了後に行方不明となり、一時間後に校舎四階から投身自殺した姿で発見された。臨床心理士の本多唯花は疑問を感じて四重奏者の残り三人に手記を書かせた。

 終幕《カーテンフォール》という結びからするとまさか黒死館を意識してるのでしょうか。罪と贖罪の意識からミとエを用いないというトンデモは、確かに黒死館並みにぶっとんでいますが……。無駄な改行、邪魔な読点、無意味な譬喩、自己満足な文体。単著ならば捨てるなり売るなりできますが、アンソロジーの一篇ではそうもいきません。
 

「噤ヶ森の硝子屋敷」青崎有吾 ★★★★☆
 ――異能の建築家・墨壺深紅が設計した硝子屋敷。実業家の佐竹はすべてが透明なその屋敷を手に入れ、学生時代の友人たちを招待した。到着後、各々がくつろいでいるとき銃声が響き、佐竹が胸を打たれて絶命していた。窓には鍵がかけられていたし、扉に近づいた者もいないのは透明な壁を通して明らかだった。直後、屋敷に火があがり……。

 単なる衆人環視の殺人ではなく、透明であることに意味がありました。タイトルになっている二つの単語のうち、「硝子屋敷」だけではなく「噤ヶ森」もトリックを補強する重要なキーになっていました。こういう細かいところに上手い下手が出ると思います。このトリックが現実に可能かどうかと考えるのは野暮の極みなのでしょう。
 

「煙突館の実験的殺人」周木律 ★★★★☆
 ――八人は気づくと天井にハッチのついた奇妙な部屋に閉じ込められていた。館の中央にある煙突状の塔は五十メートルもあり、脱出は不可能に見えた。AIの声が響き渡った。ここは政府所轄の実験施設であり、これから事件が起こる。全員一致で犯人を推理し、解答せよ。正解であれば解放し、不正解なら全員が死ぬ……。そして翌日、一人が煙突の天辺からぶら下がって揺れていた。

 冒頭から奇妙な館であることを隠そうともせず、それでいてなお微妙な違和感を手がかりとして、予想もできない壮大なトリックが明かされていました。こんな荒唐無稽なアイデアが成立しているのは、ひとえに小さな手がかりの積み重ねのたまものでしょう。「君こそ珍しい名前だね」や、「よくわかりません。見えないので……」のように、何気ないヒントがいくつもまぶされていたことに驚きます。
 

「わたしのミステリーパレス」澤村伊智 ★★★★☆
 ――デートの待ち合わせ中、匡さんの友人を名乗る男に連れられて、目覚めると奇怪な建物のなかにいた。巨大な椅子、逆さまの部屋……。わたしは拉致されたのだろうか……。/フリーライターの殿田はキジン伝の取材で、ミステリーパレスと呼ばれる館を訪れた。人が住んでいないだとか悲鳴や笑い声が聞こえるだとかいう噂があった。

 作者の持ち味であるホラーテイストと、謎の館の正体を探るというミステリーテイストのパートが交互に書かれ、最終的にそれが狂気として結実します。狂気の内容を種明かししておしまい――ではなく、さらに念を押して「ぜんぶ」という凄みにまで踏み込んでいました。

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