『Y駅発深夜バス』青木知己(東京創元社ミステリ・フロンティア)★★★☆☆

 かつて表題作が『新・本格推理03 りら荘の相続人』に掲載され、年刊アンソロジーにも収録された作家の10年ぶりの作品集。
 

「Y駅発深夜バス」(2003)★★★☆☆
 ――学習参考書の会社に勤めている坂本は、執筆者と終電過ぎまで酒を飲んだ帰り、深夜バスに乗って帰路についた。パーキングエリアでは、誰も坂本には構わず揃って窓の外を眺めていた。……二年後、坂本が隣家の引っ越しを見送っていると、見知らぬ男が近づいてきた。「いま話していたのは細谷さんですね?」

 時刻表にはない深夜バスに、パーキングエリアでの不気味な光景――さすがにこれに現実的な説明をつけることは不可能なのではないか、夢や幻想の話なのではないか……という危惧も何のその、見事に合理的な解決が待ち受けていました。ことにパーキングエリアの怪の切れ味は見事です。事情がわからなければ当たり前のことさえ怪異になり得ます。たった一言で怪異の真相と殺害方法の二つが同時に明らかになる構図は、理想のミステリと言えるでしょう。一方で、時刻表にない深夜バスの謎は、言い落としという技法が使える小説だから成り立っているだけで、言い落とされた内容を知っている作中人物であればつながりに気づいてしまうような気もします。
 

「猫矢来」(2017)★★★★☆
 ――隣人は塀にびっちり並べてあったプランターをすべてペットボトルに置き換えた。仲川里奈は同級生の岸部たちがかつあげしている現場を見つけて止めに入った。だがボス的存在だった岸部に逆らった里奈はクラスで孤立することになる。剣道部の碓井が普通に接してくれるのだけが救いだった。隣家のペットボトルを見て不審がる碓井に、里奈は「猫除けだと思う」と説明した。仲川家の飼い猫コンブに庭に入られたくないのかもしれない。その日の夜、里奈は台所で「放せ」と書かれた紙片を拾った。

 書き下ろし。島田荘司ふうの奇想が描かれていた「Y駅発深夜バス」と比べれば割りとオーソドックスな形の作品ですが、それだけに完成度はこちらの方が高いかと思います。冒頭に置かれたペットボトルの謎は、ミステリ読者が期待するような犯罪にからんだものでしたが、その衝撃が明らかになったところでまた一つ謎が飛び出してきます。そこまでして隠そうとする理由は何なのか? むしろ伏線はこちらの方により埋め込まれていたように感じました。怪しい隣人が怪しい行動を取るわけに現代的な理由があり、常識そのものが反転する構図にはっとさせられます。
 

ミッシング・リンク(2017)★★☆☆☆
 ――別荘に集まった大学時代の友人たち美咲、亜希子、浩一、貴之、春菜、それに美咲の弟・稜。貴之は大学時代からずっと美咲に片思いを寄せており、浩一と亜希子は大学時代につきあっていたことがあった。それが今日、美咲と浩一の婚約が発表されたが、浩一が用意していた婚約指輪が応接間から消えていた。状況から犯人は六人のなかにいる。

 書き下ろし。犯人当ての趣向が取られているので、それを不自然だと気にしてしまうわたしのような人間は読むべきではありません。アリバイによる単純明快な消去法が用いられています。複雑になりがちなアリバイものが、一目ですべてわかるようにできているのは凄いことだと思います。どんでん返しがあまり効果的ではありませんでした。
 

「九人病」(2005)★★☆☆☆
 ――誰も知らない秘湯の取材に訪れた和久井は、同宿の男から奇怪な話を聞かされる。怪我をしていた女性を助けたその男は、その女性の家で手足のない老婆が寝込んでいるのを目撃する。その村には九人病という風土病があり、罹った者は全身がぬらぬらと光り手足が関節からぽとりと落ちてしまうのだという。九人に感染することから九人病と名づけられていた。

 ここで描かれる怪異にも「Y駅発深夜バス」の怪異のような合理的な解決を期待したのですが、飽くまで怪談として楽しむ作品でした。『火刑法廷』などでおなじみの怪異と現実の反転が用いられていますが、それも定石通りに収まっていました。
 

「特急富士」(2017)★★★★☆
 ――ミステリ作家の間島は、エッセイストの日向沙耶を殺そうと決めた。以前に見せられたプロットを〆切に追われて利用したところ、それが受賞してしまったのだ。ばれるわけにはいかない。編集者の飯塚にはホテルに缶詰になるから邪魔するなと伝え、沙耶を呼び出し特急のなかで刺し殺したが、出版社名の入ったライターを落としてしまった。あわてた間島が見たのは、殺したはずの沙耶の車室のカーテンが引かれる瞬間だった。

 書き下ろし。倒叙ものの面白さは、犯行のほころびがどのような形で明るみに出るかだと思います。それが愚かな犯人のミスや不必要な行動であっては面白くない。その点この作品の犯人であるところの間島は、電車の遅延やライターの紛失や被害者の生存可能性といった予期せぬ出来事にあまりうまく対応しているとは思えませんが、二人の犯人による犯行のバッティングという予想外の構成のおかげで、物語がどういう落としどころにおさまるのか予想がつきません。犯人側のミスとしては平凡な類の話も、二つ重ねることで非凡な作品に昇華されていました。

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