『精霊たちの家』イサベル・アジェンデ/木村榮一訳(国書刊行会 文学の冒険)★★★★★

 『La Casa de Los Espiritus』Isabel Allende,1982年。

 語り自体が予言的だ、というのはあります。例えば第一章の冒頭でまず犬が来たことが書かれ、しかるのち「以後」「九年間」と将来のことが語られます。こうした語られ方が、あらかじめすべてが定められているかのような印象を与えるのは事実でしょう。もちろん語られる内容自体も、人魚のような美少女や二度死んだ叔父など現実離れした内容でした。その一方で第二章では、どこぞの田舎の大将の一代記のような現実寄りといっていい内容が描かれるのですが、それをたった一章で語り切ってしまう濃密さはさながら民話や神話のようです。

 けれどいつしか神話の時代は終わり、終盤には革命や社会主義や軍事クーデターという現実が押し寄せて来ます。

 エステーバン・トゥルエバが政治家になりたがったというエピソードも、序盤の段階ではただの田舎のお大尽の成り上がり願望どまりだったものが、終盤に至って一族が政治に巻き込まれる筋書きに活きてきていました。

 タイトルにもなっている精霊たちの家という表現も、もともとは特殊な能力のあるクラーラが感じていた超自然的な感覚に基づくものでしたが、これも終盤に至って、家に匿われている亡命者たちの立てる物音を、エステーバンが精霊たちの立てる音と誤解するという形で活かされることになります。

 物語に政治という現実が浸食しているにもかかわらず、エステーバンの身長は縮み続けているように、超自然もまだ生き続けていることもわかります。

 そして複数の語り手のうち正体の不明だった「わたし」が誰なのかが、ようやく最後に明らかにされました。『百年の孤独』のように約束された滅びに向かって収斂するのではなく、語らねばならない理由、書かねばならない理由が、語り手のみならず著者の意思ともリンクしているのでした。

 前世紀末からチリ・クーデターまでの一世紀を舞台に、奇想天外なエピソードと奇態な人物がとめどもなくつみぎ出される、幻想と恐怖と笑いに充ちみちた年代記。奔放な想像力と見事な語り口によって、現実と非現実のはざまに百年の歴史を描き出した本書は、非業の死をとげたアジェンデ大統領の姪のデビュー作として、そしてまた、『百年の孤独』にも比すべき魔術的リアリズムの傑作として、大きなセンセーションをまきおこした超話題作である。緑色の髪をなびかせる美少女ローサの妹クラーラは、毒殺された姉の屍体が無残な解剖をうけるのを目撃したのち、いっさい人と口をきかずに現実を遮断した世界に閉じこもった。クラーラは、念力で塩壷を動かし、椅子に坐ったまま空中に浮かび、霊界と交信できる不可思議な能力の持ち主だった。9年の沈黙の後、19才になった彼女は突如ローサのかつてのいいなずけエステーバン・トゥルエバと婚約し、精霊たちが見守る迷路のごとき宏壮な館で結婚生活をはじめるが……(カバーあらすじ)

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