てっきり新作かと思っていましたが、講談社文庫から出ていた第三短篇集『猫丸先輩の推測』の改題再刊でした。どのみち未読だったような、読んだことがあるような、記憶も曖昧です。
「夜届く」(1999)★★☆☆☆
――今どき電報が届いた。「病気、至急連絡されたし」「家火災」「家浸水」……。差出人はなく、念のため実家に電話しても異常はない。誰が何のために……? 同じような電報を受け取った人が近所にいたことから、どうやら個人的な恨みではなさそうだが、それにしても気味が悪い。
タイトルはディクスン・カーですが内容はチェスタトンとドイル(見えない人と赤毛?)。けれどこの手の内容を描くのに猫丸先輩というキャラクターは似つかわしくありません。傲慢ってのが説得力ないですからね……(^^;。軽口が「推測」の切れ味を鈍らせているのは否めません。
「桜の森の七分咲きの下」(2001)★★★☆☆
――花見の場所取りを仰せつかった新入社員の小谷の前に、次々とおかしな人間が現れた。ある者は交代に来た先輩のふりをして小谷を遠ざけようとし、酔っぱらいは執拗に酒を飲ませようとし、絵を描きたいから何万円でこの場所を貸してくれという者まで来る始末。確かにこの場所は花見の特等席だが……。
なぜ「犯人」はそこまでするのか、という点において、「夜届く」と比べて格段に説得力が上がっています。場所取りという目的から切り離してみた場合、場所取りしている人間というのは、例え犯人視線じゃなくてもただ邪魔なだけの人間には違いありません。
「失踪当時の肉球は」(2001)★★★★☆
――依頼人に頼まれたのは、白黒のブチ猫の捜索だった。家の中で飼っていたそのヒノマルという猫を探すため、私は飲み屋で知り合った鯖江君に助手を頼むことにした。「途中でちくわを買ってきてくれ」。鯖江君に作ってもらったポスターを電柱に貼ったその日の午後、三十枚すべての写真がペンキで塗りつぶされていた。
やっていることは猫さがしなのにハードボイルドを気取っている私立探偵小説のパロディですが、特筆すべきは、探偵のイメージと現実とのギャップが単なるパロディでは終わらず、謎が発生してしまうきっかけにもなっているところです。ホームズみたいな「探偵」を想像していたんでしょうね(^^;。探偵が介入することで事件が動き出す、という意味でも私立探偵小説のパロディになっていて、何気に凝っている作品でした。
「たわしと真夏とスパイ」(2001)★★☆☆☆
――スーパーが出来てから地元商店街は苦戦していた。会長の一言で、夜店大売り出しをおこなうことに。だが金魚すくいの水槽に入浴剤が入れられ、射的の弾に油が入れられ、風船は切られて空に飛んでいった。やはり北(スーパー)の諜報員の仕業なのか……。
この作品だけタイトルの元ネタがわかりませんでしたが、天童真「あたしと真夏とスパイ」とのこと。犯人はなぜそのような妨害をおこなうのか?その理由から犯人像を浮かび上がらせていました。「折れた剣」の変奏にタイムリミットを設けたところに新味があります。
「カラスの動物園」(2002)★★★☆☆
――デザインのアイディアが枯渇したと言われてかわいい動物を見に動物園にやって来た葉月は、奇妙な小男からカメラの使い方をたずねられた。その時、走ってきた男が鞄と財布を二人に放り投げた。ひったくり犯が逃げる最中に捨てたらしい。だが捕まった男は現金は身につけておらず、犯行を否定した。
なぜわざわざ動物園でひったくりをおこなったのか……? この「Why」は魅力的ですが、その解答はあまりパッとしません。チェスタトン流のロジックを用いているため何となくすごそうに聞こえますが。
「クリスマスの猫丸」(2002)★★★☆☆
――八木沢が喫茶店で過ごしていると、窓の外をサンタが疾走して行った。一人、そしてまた一人……。サンタの集会でもあるのだろうか。
単行本刊行時に書き下ろされた、エピローグ的な小品です。疾走するサンタクロースという謎が鮮やかなイメージをもたらしているうえに、猫丸が「真相」以外にも推測を披露するサービスぶりでした。
[amazon で見る]