『春から夏、やがて冬』歌野晶午(文春文庫)★★★★★

 シリーズものではない作品の魅力は、こういうところにあるのではないかと思います。歌野晶午氏はミステリ作家であり、わたしもミステリを期待して本書を手に取っているにもかかわらず、本書には明確な謎というものが存在しないため物語がどこに転がってゆくのかまったくわかりません。

 娘を殺した犯人探しなのか、万引き犯と関わりを持ち転落の一途をたどるのか……読んでいる最中にミステリとして予想できたのはせいぜいこんなところでした。

 スーパーの保安責任者である平田誠は、二十代にしては老けた万引き犯の女を警察には突き出しませんでした。そして万引き犯の末永ますみは数日後に平田に感謝を述べてからつきまとうようになります。

 平田がますみに優しさを見せた事情は、早くも二章で明らかにされます。そして章が進むにつれ、娘は「亡くなった」だけではなく「救えなかった」ことがわかり、さらに救えなかったのは娘だけではなく……と、読者はどんどん平田の妄執のより深いところに引きずり込まれてしまいます。この時点で平田の感情に理解を寄せてしまったなら、著者の術策に嵌っていることになるのでしょう。救えなかったという罪の意識(に対する返答)こそが、最終的な出来事の引き金になるのですから。

 最終章で医師の小瀬木が自問する「被害者の視点が抜け落ちている」という言葉は、この事件に対する感想であると同時にミステリへの批評でもあり、ひいては現実をも貫いていました。うわべだけでは何もわかりませんし、詳細を知ってわかった気にもなってはいけないのでしょう。

 スーパーの保安責任者・平田は万引き犯の末永ますみを捕まえた。いつもは容赦なく警察に突き出すのだが、ますみの免許証を見て気が変わった。昭和60年生まれ。それは平田にとって特別な意味があった――。偶然の出会いは神の導きか、悪魔の罠か? 動き始めた運命の歯車が2人を究極の結末へと導く!(カバーあらすじ)

  


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