『奇想天外 21世紀版 アンソロジー』山口雅也編著(南雲堂)★★☆☆☆

 自分好みの雑誌を作りあげるのは編者の特権ですが、自分語りが頻繁に顔を出すのは勘弁してほしかったところです。
 

「21世紀版奇想天外小説傑作選[海外篇]」

「最上階に潜むもの」アーサー・モリスン/宮脇孝雄(The Thing in the Upper Room,Arthur Morrison,1910)★★★☆☆
 ――アトウォーターは二十五歳、、いつも貧しかった。パリに移り住んだのは、ロンドンより安く暮らせると思ったからだ。その部屋は数百年にわたって毎年のように変事が起こり、最後の住人は殺人の容疑で警官に訪問され拳銃自殺した。ふとテーブルの上の短剣に目が止まった。気づくとテーブルに近寄っていた気がした。気のせいだ。

 訳者が翻訳教室のテキストとして翻訳していたもの。著者と南方熊楠がロンドンでニアミスしていることから、何とかつながりを見出そうとする編者の解説が涙ぐましい。つながりの有無はともかく、日本のものかもしれない伝説――鬼に取り憑かれた男が見た鏡のなかには鬼の姿が見える――は重要な役割を果たしていました。
 

「ペギー・ミーアンの死」ウィリアム・トレヴァー宮脇孝雄(The Death of Peggy Meehan,William Trevor,1992)★★★★☆
 ――子供なら誰でもそうであるように、私も二つの人生を生きていた。イザベラ伯母さんの下宿から、この話は始まる。私は七歳だった。映画を見たあとの道すがら、私は繰り返し映画を思い出していた。修道女会の小学校には上級生にきれいな女の子がいた。私は空想の中でクレアとペギー・ミーアンとパビリオンに出かけた。

 見方によっては子どもの空想が現実を浸食して人を殺すという怪異としてはよくあるタイプの内容ですが、もちろん怪談ではなく偶然の一致に過ぎません。空想に影響を与えているのが初めて観た映画であることから、偶然の一致に対してより強い印象を与えたことは想像に難くありません。それにしたって長い年月を生きて生み出された、心と折り合いをつけるための言い訳が、あまりに歪んであまりに病んでいました。
 

「電話にて/驚かない女」アントニー・バークリー/白須清美(Over the Telephone,Anthony Berkley Cox,1926/The Woman Who Would Not Be Startled,Anthony Berkley Cox,1923)★★★☆☆
 ――ドクター・オルトリンガムは妻の葬儀から帰ってきた。モルヒネの過剰摂取は本当に事故だったのだろうか? 妻の妹ミス・ウィンブルは疑っていた。その夜、ドクターの家に死んだはずの妻から電話がかかってきた。/「私は妖精なんだ」とミスター・ランドールはいった。「そうねえ」妻は落ち着き払っていった。二十年以上も、夫は妻を驚かせようとして失敗してきた。

 型通り過ぎる「電話にて」と、型破り過ぎる「驚かない女」でした。
 

「名探偵ルーフォック・オルメス――死んだボクサーの謎」カミ/高野優訳(Perceur de mystères ou l'Énigme de boxeur mort,Cami,?)★★★☆☆
 ――顎の突き出たボクサーが床に膝をついて上半身を後ろに反らした恰好で死んでいた。隣人は「わざとだ」という言葉とどさっと倒れる音を聞き、もう一人の隣人は「我が子だ」という言葉を聞いた。オルメスは祈祷書が落ちているのを見つけ、真相を見抜いた。

 オルメスものの未訳作。著者自身の挿絵による死体の恰好がばかばかしくて笑えます。被害者がボクサーであることに意味があるという点に絞って見れば、充分に本格です。
 

「侵入者」ボブ・ショウ/尾之上浩司訳(Invasion of Privacy,Bob Shaw,1970)★★★★☆
 ――息子のサミーが死んだ祖母を見たという。妻のメイの唇がふるえはじめる。だがサミーはなおも言い張った。古屋敷に老人たちがじっと座っていたと。それだけ言うとサミーは汗を浮かべて倒れ込んだ。ドクター・ピットマンに診せると肺炎だと言われたので、サミーを診療所に預けて家に戻った。なぜかわたしはサミーの話にあった古屋敷に向かっていた。

 控えめで優しい侵略者という発想は今でも充分に新鮮だと思います。無論、どれだけ優しかろうと不気味で許しがたい敵であることに間違いはないのですが。クローンだったりアバターとAIだったりといった現代的でまったく別の物語にアップデートできそうなオチも古びていません。
 

Facebookを読もう」小山正・喜国雅彦・小林晋・松坂健・三橋曉山口雅也

 有栖川有栖北村薫との鼎談を読むと「最近、自分はFacebookにはまっている」そうで、Facebookのエントリーをそのまんま載せていますが、自分語りの極致です。
 

「第二次大戦間・戦後のドイツ探偵小説事情 あるいは《純正探偵小説》の最後の天国」山口雅也

 Facebookで知り合ったドイツの本格ミステリ作家との情報交換。
 

「「裸のラリーズをもっと」をもっと」湯浅学
 

「文壇ビートルズ王者決定戦」歌野晶午島田荘司

 ビートルズのマイナー曲のなかからベスト10を選んで理由を語るアンケート。「文壇」と銘打ちながら音楽関係者もかなりいますが、企画の性質上そうなるのでしょう。島田荘司がミステリ関係とは違う妙にくだけた文体だったり、ジョージ好きが二人いたり、曲の魅力とはまた別の楽しみ方もありました。マニアックな内容であってもビートルズくらい有名だとマニア以外にも楽しめそうです。
 

「ジャズ・ピアニスト原リョウをめぐる真実」山口雅也
 

「21世紀版奇想天外小説傑作選[日本篇]」

「階段落ち人生」新井素子

「吠えた犬の問題――ワトスンは語る」有栖川有栖

「夢落ち」井上夢人

「降っても晴れても」恩田陸

「俺たちの俺」京極夏彦

「葬式帰り」法月綸太郎

「三つの月」宮内悠介

「首屋斬首の怪――落語見捨理全集」山口雅也

 有栖川作品は、ワトスンが有栖川有栖の口を借りて語るという形式のホームズ論もどき。

 恩田陸「降っても晴れても」は、決まった曜日に必ず傘を差して歩いてゆく「日傘王子」の事故死をめぐる考察が描かれます。毎日通学している人間が決まった曜日しか通らないという事実から導き出される操りのロジックがいかにも本格ミステリ的。

 法月作品は(恐らく)都筑道夫に倣って本格ではなく怪談。怪異を恐れぬ豪傑が返り討ちに遭う小泉八雲作品の理不尽さを嫌う語り手が、その続編を理詰めで考察してその真意に恐怖するという内容。怪談に則したいたずらを仕掛けられた豪傑が妻の姿を見て腰を抜かすという場面に謎を設定するところに、著者のミステリのセンスを感じます。

 宮内悠介「三つの月」。早月が勤める病院の精神科医・良月が、体の悪いところが色になって見える整体師・香月《シアンユエ》の施術を受け、いつしか魅かれるようになる。ファンタジーめいた設定から現実の国際問題に直面させられるのは著者の作風であると言えそうです。
 

麻耶雄嵩が語る〈神様〉と〈貴族〉」インタビュアー:山口雅也&遊井かなめ

 麻耶雄嵩に神様と貴族について質問するという面白そうな企画に、「神様はいますか?」とかいうつまらない質問ばかりぶつける残念なインタビュー。わたしはこれをつまらないと感じてしまいましたが、こういう切り口もあるのだと考えるのが編集者マインドなのでしょう。
 

「意外史 女城主直虎をめぐる謎」中野信子
 

サブカル雑誌が好き」磯田秀人
 

「奇想天外MANGA劇場」

「日本黒衣の謎」喜国雅彦

チャールズ・アダムスの奇想天外な世界」チャールズ・アダムス山口雅也
 

「東西ミステリ漫才対決 吉本新本格M1グランプリ」山口雅也有栖川有栖
 

「鼎談「あなたも作家になれるかもしれないと言えないこともない」」有栖川有栖×北村薫×山口雅也

 自分が作家になろうとしたきっかけだったり、子どものころ実際に書き始めたときの様子だったり、作家志望者や新人賞応募者へのアドバイスだったりと、ありきたりな会話が続いていくなか、終盤で山口氏が吐露する作品に懸ける情熱には驚かされました。本気なのかリップサービスなのか、〈鮎川哲也と13の謎〉がなければ、そして「鮎川道場の師範代」の存在がなければ、作家・山口雅也はいなかったかもしれません。
 

栴檀は双葉より芳しか?」

「宇宙の会見」「世もすえ」北村薫

「めぐみの濡れた夜」竹本健治

「姿なき犯人」早稲田満(野村宏平

エドワード・D・ホック雑感」山口雅也

 北村薫のショート・ショートは鼎談で話が出ていた高校時代の作品。山口氏は鼎談で褒めていましたが、飽くまで高校生の作品としては、でしょう。竹本作品は大学生のとき友人とポルノ小説勃起対決をしたとき書いた作品。ワセダミステリクラブのハウスネームで書かれた犯人当てのうち、ミステリ研究家の野村宏平が書いたのが「姿なき犯人」。アパートの殺人現場から逃げた犯人の足跡が途中で消えたという謎が描かれます。
 

「幻の作家たちをプレイ・バック」

「二十面相の伝説」三津木忍(安藤恭一)

「仲間」乾敦

「たったひとつのミス」早稲田満(間片久美緒)

 ワセダミステリクラブ会員のうち後に小説家・評論家にならなかったメンバーが学生時代に書いていた作品。ただし乾敦「仲間」だけは書き下ろしの新作です。

 「二十面相の伝説」は二十面相もののパロディ。木陰に『黒い豹』の目が覗いている冒頭の場面などはまさしく乱歩作品そのものでした。論理に軸を置いていないので「読者への挑戦」ではなく「なかじきり」だと著者は書いていますが、変装があり得る世界という設定を存分に活かしたどんでん返しと、証拠を重視する姿勢に、矜恃を感じます。

 「仲間」は異様な作品です。女性連続殺人犯「アサエモン」が跋扈する町で、男性哲学者が殺されると、哲学者の仲間らしき男たちが哲学者の家に忍び込んで証拠を始末しはじめた……。黄金期の古典のような「アサエモン」のアリバイトリックが涙ぐましい。しかもそれが作品にとってほぼ無意味という哀しさ……。

 「たったひとつのミス」は、作家を毒殺した編集者が警察に疑われた顛末を描く倒叙もの。さすがにこれは当時でも使い古されていたのでは……と思ってしまいますが。
 

「デビュー前夜の思い出」辻村深月
 

「奇想天外史上最強ミステリ映画祭「これを観ずに死ねるか!」」北村薫桜庭一樹若竹七海

 劇場映画だけでなくテレビ映画も対象なので、北村薫が推薦しているNHKドラマ《短編集》シリーズのようなものとの出会いもありました。
 

「観る者に想像力を強いる映画~『蝋人形館の怪奇殺人』『フェイズIV』『オメガ』を推理する~」小山正

 一口に「想像力を強いる」と言っても『蝋人形館の怪奇殺人』はネタ的な意味であり、ほかの二つはそういう作風の映画でした。
 

インドネシアお馬鹿ホラーの極め付け!!」友成純一
 

「鼎談「ミステリーゲームを遊ぼう」」我孫子武丸×山口雅也×遊井かなめ

 分岐するタイプのゲームだと小説だと捨てざるを得ないアイデアも「捨てずに書ける」「全部書いてもいいというのは、ある意味楽しい」というのは、実作者ならではの感想でした。
 

「世界SFの時代」巽孝之
 

「サイバー・ミステリ・オン・ザ・ロック」遊井かなめ
 

「世紀の発見『ボンド白書』猟盤日誌」山口雅也・松坂健・村井慎一

 松坂健が高校時代にガイドブックで見たはずの、007映画に勝手に曲をつけたレコードを探し出すFacebookの投稿の再録。
 

「結カー問答」山口雅也
 

「ミステリ宮中歌会始の儀」撰:北村薫

 ミステリ短歌というとどうやら、怪奇なものを詠んだ歌と作家や作品に寄せて詠んだ歌に二分されるようです。

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