『S-Fマガジン』2021年2月特別増大号No.743【百合特集2021】

 特別増大号と銘打たれてページ数も増え値段もいつもより高いのですが、特に追悼特集や緊急特集や新年特集があったわけではなく、何のための増大号なのかわかりませんでした。

「回樹」斜線堂有紀 ★★★☆☆
 ――「尋常寺律さん。あなたには恋人である千見寺初露さんの遺体を盗んだ容疑がかけられています。間違いありませんか?」「はい、間違いありません」。回樹とは五年前に秋田の湿原に出現した、全長一キロ程度の人型の物体だ。すぐさま調査隊が組まれたが、調査は難航した。どんなものを用いても回樹は損なわれず、欠片を分析することも出来なかった。性質が明らかになったのは一か月後だ。調査中に急死した研究者が回樹に吸収されたのだ。回樹は人の死体を吸収する。愛する者を飲み込まれた人間は、回樹を愛するようになる。

 ミステリでいうなら、回樹という設定を利用した異常な動機ものということになるのでしょう。
 

「貴女が私を人間にしてくれた」届木ウカ

「体験しよう! 好感異常現象」伊藤階 ★★★☆☆
 ――肉体を捨てデータ上の存在となった未来の人類。友人二人は情緒再演園を訪れ、死や破産や恋愛を体験していた。追加料金を払うのも嫌なので、深く考えずお互いを恋愛相手に指定した。

 百合を説明する際の「関係性」という言葉が、オタクのアリバイ作りのようで嫌いだったのですが、放課後に教室で相手を待っているシチュエーションについて、「私のは結構日常的なシークエンスだったけど」「それってつまり/こういうやり取りも恋愛の範疇に入ってたって事?」という二人の会話によって何となく腑に落ちたような気がします。
 

「サンダー」水沢なお

「身体を売ること」小野美由紀

「湖底の炎」櫻木みわ・李琴峰
 

「明日に仕えて」ネオン・ヤン/中原尚哉訳(Waiting on a Bright Moon,Neon Yang,2017)
 今月の「NOVEL & SHORT STORY REVIEW」の女性作家&ノンバイナリー作家の一環として紹介されてました。
 

「乱視読者の小説千一夜(69)お古いのがお好き」若島正
 ビリー・ワイルダーが主要人物の一人にした小説、ジョナサン・コー『My Wilder and Me』。
 

「書評など」
『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』は、キアヌ・リーヴス主演の〈ビルとテッド〉シリーズの29年ぶりの第三弾。『ギャラクシー・クエスト』のディーン・パリソット監督作品だというので期待大。

沢村凜『ソナンと空人』シリーズは、ジュヴナイルっぽい装幀で突然発売されたので児童書の文庫化かと思っていたのですが、普通に新作だったようです。
 

「繊維」劉慈欣/泊功訳(纤维,刘慈欣,2001)★★★☆☆
 ――「もしもし、繊維《ファイバー》を間違えていますよ!」それがこの世界に来て最初に聞いた声だった。ぼくはF-18を操縦して帰艦しようとしているところだった。「飛行機から降りて登録オフィスに向かってください」。オフィスには登録係のほかに既に男二人と若い娘が来ていた。「あれは何だ?」ぼくは外に見えるリングを持った黄色い天体を指差した。「もちろん地球ですよ」「あれが地球!?」。ほかの三人も驚いていた。「宇宙から見た地球が紫色に見えるのは莫迦でも知ってるぞ」「地球の色は大気の散乱特性と海洋の反射特性によって決まるんです……もちろんダークグレーですよ」「みんな莫迦じゃないの。地球がピンク色なのは常識だわ!」

 劉慈欣読み切り第五弾。平行世界をファイバーと表現する発想が秀逸――というかそれだけの作品ではあります。
 

「さようなら、世界 〈外部〉への遁走論(1)精神史のジャンクヤードへ」木澤佐登志
 「〈外〉はまだ存在していないが、未来として回帰しうる」として、「朽ちた〈未来〉の破片をサルベージし、それに一条の光を当てる作業。そうしながら、〈未来〉が何の前触れもなく私たちのもとにもう一度回帰してくることを退屈しながら待ちわびる(中略)この連載で行われるのはただそれだけ」ということで、まずはボクダーノフ『赤い星』が振り返られています。
 

【小特集・SFアンソロジーの魅力】

「『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』編集にあたって」橋本輝幸

「SFアンソロジストの役得」大森望
「小説のアンソロジーにエッセイを交ぜるのは“アリ”か?」中村融
 

大森望の新SF観光局(76)海外SFアンソロジーの刷り込みについて」
 

「SFのある文学誌(74)神秘思想知識人――日夏耿之介の吸血鬼」長山靖生
 

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