『ジャック・オブ・スペード』ジョイス・キャロル・オーツ/栩木玲子訳(河出書房新社)★★★★☆

 『Jack of Spades』Joyce Carol Oates,2015年。

 ジャック・オブ・スペードというのは、さほど売れない作家アンドリュー・J・ラッシュの別名義のペンネームです。隠された暴力性を披瀝したようなノワールな作風が特徴です。

 さてラッシュの隠された暴力性が徐々に現れ始め……という二重人格ものなのであればお決まりのようなものですが、実のところ暴力性は(少なくとも読者には)初めからあまり隠されてはいません。早い段階から心の声は小さな活字で表現されているからです。

 しかも悪意は暴力という形ではなく、所有欲や承認欲という形を取りたがります。

 盗作の冤罪で告発した老女に復讐しようと息巻く弁護士をなだめたり、ジャック・オブ・スペードのノワールを娘に読ませないようにしようとしたりするなど、心の声とは別に道徳的な行動を取ろうとする人物でもあります。

 そうした承認欲求と道徳的であろうとする理屈が結びつけば、自己肯定のための自己弁護ができあがり、ついには殺人さえをも正当化してしまうまでになってしまいます。

 繰り返しますがラッシュは二重人格ではありません。ただちょっと(かなり)他人より自己正当化の気が強いだけです。その理由は少年時代にあったことが終盤で明らかになります。ラッシュの人生は自己正当化の歴史だったのですね。

 二重人格ものはどれだけひどい内容であっても他人事として読めるのですが、この作品はちょっとだけラッシュに同情してしまいました。ラッシュには立ち直ってほしかったところです。

 アンドリュー・J・ラッシュは「紳士のためのスティーヴン・キング」と称される人気ミステリー作家。「町一番の有名人」として、愛する妻と幸せに暮らしている。しかし、C・W・ヘイダーなる人物から謎の盗作疑惑で告発された彼は、正体不明な不安に取り憑かれる。甦る記憶、家族との緊張関係、嫉妬、ミステリーを書く困難……。彼は、別の名前で「残酷で野蛮で身の毛がよだつ」ノワール小説も発表していた。オーツ自身の体験もふまえて「書くこと」の謎に肉薄する異色ミステリー。(帯あらすじ)

  


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