『猫が足りない』沢村凜(双葉文庫)★★★★☆

 印象的なタイトルです。

 どんな意味かと読み進めてゆくと、わかりやすく言えば「猫成分が足りない」――猫が好きすぎてほとんどサイコパスな主人公の心情を指す言葉でした。主人公がサイコパス気味なのも当然、解説を読むともともとの出発点が「ピカレスクを」という編集者からの要請だったそうです。

 もともとが非常識なうえに猫のためなら犯罪も辞さない、そんな主人公とそれに巻き込まれる語り手が関わった事件六話が収録された短篇集です。

 語り手の古賀知章は就職に失敗しながらも父親の方針でアルバイトもさせてもらえず就職活動に専念しています。が、これも父親の方針で、何もせずにいて堕落しないようスポーツクラブに入会しています。物語のいくつかはこのスポーツクラブ関係者がらみの事件で、このスポーツクラブで知り合った四元さんのせいで知章は事件に関わる羽目になります。

 第一話「昨日と同じ今日を」では、猫のさかりにしては悲鳴のような声が何度か聞こえたことから虐待が疑われるのですが、これが思いもかけない展開を見せます。何しろ四元さんのキャラクターが強烈で、言っていることが本気なのか口から出任せなのかわからなくて事件の概要がなかなかつかめません。本気で言っていることがわかってしまえば、猫の悲鳴に関しては単純な事情なのですが。その先で暴かれた「昨日と同じ今日を」という犯人像に現代らしい不気味さを感じました。

 第二話「柳の樹の下には」でも四元さんがトラブルを持ち込みます。悪臭を流す隣家が換気扇を移動させないと「猫をぶっ殺す」という会話を盗み聞きした四元さんが、知章に解決を無理強いします。解決自体は行き当たりばったりですが、知章の就職や四元さんが聞いた猫殺し発言などのピースが一つにまとまるところは爽快です。

 第三話「人のふり見て」で知章は偶然四元さんに遭遇し、あろうことか盗み聞きしてしまう羽目になります。二人の飼い主の家を行ったり来たりする飼い猫のストレスを心配した四元さんが、飼い主である母親と息子の別居の原因である婚約者に嘘を吹き込むという、四元さんの非常識とぶっ飛び具合が遺憾なく発揮された作品でした。キラキラネームについての考察もありました。

 第四話「天の神様の言うとおり」ではスポーツクラブのリーダー格である船井さんの飼い猫が誘拐されてしまいます。どうやら親戚三人のうちの誰かが金銭目当てで企んだようです。犯人特定にとある地域性がきっかけとなっていて、四元さんが転勤族の主婦であるという設定が活かされていました。

 第五話「いづくも終の」では、猫毒殺事件を追う二人が犯人によって明かりのないシェルターに閉じ込められてしまいます。猫毒殺の動機やシェルター脱出のきっかけなどに伏線や主婦目線などが凝らされていましたが、それよりも四元さんの感情に焦点が当てられた回でした。

 第六話「今日と違う明日へ」。タイトルからわかるように、第一話と対になった、四元さんや知章さんの未来へつながる話でした。スポーツクラブの新しい店長が殺され、アリバイがなく接点のあった副店長の安長さんが疑われてしまいます。猫の引き取り手を見つけることを交換条件に、四元さんと知章がスポーツクラブの平穏のために殺人事件を追います。猫のしあわせが一番という四元さんの行動原理が犯人にたどり着くという、最終話に相応しい話でもありました。それにしても、四元さんはやはり変わり者のようで、しあわせの形も一筋縄ではいきません。知章ならずとも「それでいいのか」と思ってしまいますが、恐らくそれでいいのでしょう。

 就職活動の傍ら、スポーツクラブに入会した知章。会員の女性たちから、近隣で起きている猫の虐待について調べてほしいと頼まれる。現場を探ってみると、思いもよらぬ事件が。真相究明に一役買ったのは、四元さんという会員の女性だった。その後、猫がらみで騒動を引き起こす彼女に振り回される知章。四元さんが猫に強くこだわる理由は何なのか? 知章は無事に就職できるのか? かつてない新たな味わいの巻き込まれ型ミステリー!(カバーあらすじ)

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