『贖罪』湊かなえ(東京創元社)★★★★☆

 十五年前に起こった殺人事件。

 沙英・真紀・晶子・由佳が小学四年生のときです。空気のきれいな田舎町に機械工場ができて余所からたくさんの人が引っ越してきました。そうして工場の責任者の娘エミリが四人に加わり五人で遊ぶようになります。五人が夏休みの学校で遊んでいたときのことです――業者を名乗る男がエミリを誘い出し、プールの更衣室で乱暴して殺すという事件が起きました。ところが犯人を目撃している四人の少女はショックが大きく犯人の顔も思い出せません。犯人が捕まらないまま三年が過ぎたころ、エミリの母親・麻子は業を煮やして四人に残酷な言葉を口にします。「あんたたちがバカだからエミリは殺されてしまったのよ。あんたたちは人殺しよ! 時効までに犯人を見つけなさい」。小学四年生の胸にはその言葉はあまりに重く、四人はそれぞれが謂われのない罪の意識を抱えて生きてゆきます。

 第一話から第四話までが、十五年後の四人それぞれの告白です。自分のせいだと思い続け犯人に怯え他人に迷惑を掛けることを恐れることで、ある者は身体に変調を来し、ある者は犯罪者を許せず、ある者は死んだはずのエミリを守ろうとし、ある者は愛情を求め、そのことがまた別の事件を引き起こしてしまいます。

 第一話「フランス人形」はいわばプレリュードで、沙英の視点による罪と罰の物語であるとともに、事件の概要を紹介する役割も担い、そしてまた一つの事件の解決編にもなっていました。ここではまだ、事件に巻き込まれてしまった少女が自分を守ろうと頑なに硬化してしまったように見えました。不幸ではありますが、この少女がたまたま自分を追い込んでしまうタイプだったのだ、と。

 第二話「PTA臨時総会」ではそんな第一話とは対照的に、怒りに満ちた真紀のスピーチが綴られていました。真紀の務める小学校のプールに侵入した通り魔事件をきっかけに、逃げた教師と戦った教師への輿論に対する返答です。知らずに読み進めてゆくと、その内容は近年とみに話題になっている自己責任論や炎上に対する批判のようにも見えます。けれど怒りの大もとはそこではありませんでした。真紀は怒っています。悪いのは犯人に決まっている、そんなこともわからないのか、と。ここにきて、紗英が追いつめられていたのにもエミリの母・麻子に原因があったことが明らかになります。

 第三話「くまの兄妹」は堅太りの晶子兄妹の話です。自分と関わって他人が不幸になるのではと恐れてひきこもりになった晶子でしたが、兄の結婚を境にようやく明るさが訪れたように見えましたが……。四人の回想のなかではさほど事件とのかかわりが強くないように感じますが、十五年後の晶子を襲った事件の人間関係が、過去の事件の人間関係を連想させるのは偶然でしょうか。

 第四話「とつきとおか」の語り手は、目の悪い由佳です。母親の愛情はぜんそくの姉に向けられています。殺人事件に巻き込まれたときでさえ。由佳が歪んでしまったのは麻子よりもそんな母親の影響が強いため、由佳の心理状態も四人のなかでは異質です。由佳は母親からは与えられなかった愛情を、事件のときに話を聞いてくれた警察官に求めるようになりました。そんな姉と母との関係が事件を引き起こしてしまうのですが、それでもなお麻子と“直接対決”できる強さを持っていました。

 第五話「償い」は、四つの事件のきっかけを生み出した麻子の回想です。これまでの四話の語り手たちが小学四年生のころ心に負った傷がもとで苦しんでいるのに対し、この第五話はいい大人が幼稚なわがまま言っているだけで、とてもではありませんが前四話の重みとは雲泥の差でした。この人がもう少し他人のことも考えられるちゃんとした大人だったならば、十五年前の事件も起こらなかったし四人の身にも違った運命が待っていたでしょう。もちろん一番悪いのは殺人犯に違いないのですが、第四話で「もう、あなたたちを許しています」という上から目線を由佳から批判されたにもかかわらず、懲りずに正義漢ぶって殺人犯に真実を告げるに至っては、何の反省もしていなくてため息が出ました。

 エミリを殺したのは殺人犯だし、それぞれの事件を起こしたのは四人です。それはわかっているけれど、やはり割り切れないものが残ります。ですが終章でかつての少女たちが麻子のことを「過去にあれだけひどいことをしていたら、事件直後に、わたしのせいかも、って思わないかな」「一番つらい思いをしたのは、あの人なんだだから」と語り、そんなわたしの感想をガス抜きしてくれます。

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