『あやかしの裏通り』ポール・アルテ/平岡敦訳(行舟出版)★☆☆☆☆

『あやかしの裏通り』ポール・アルテ/平岡敦訳(行舟出版)

 『La Ruelle fantôme』Paul Halter,2005年。

 日本では初となるオーウェン・バーンズものの翻訳です。

 舞台は1902年のロンドン。ホームズ引退間近の時代ですね。

 いかがわしい路地に迷い込んで殺人を目撃し、どうにか抜け出すと、ついさっきまで自分のいたその路地が消えていた。後日その路地は現在では存在しないことがわかり、しかも同様の事件がこれまでに四件起こっていた――。なかなか魅力的な発端ですが、肝心の体験がホームズと依頼人ふうのやり取りのなかで語られるので、雰囲気がいまいち伝わって来ないのが惜しいところです。

 ――そう思っていたのですが、最後まで読めば、これは第三者が探偵に語るという形式でなければならないとわかりました。【※ネタバレ*1

 とはいえあらばかりが目立ちます。

 ウェデキンド警部が「三人目は路地を調べて、命を落としました」と話しているわりには、誰が死んだのか判然としませんが、実は単に行方不明だということがわかります。最終的にはその三人目は死体で見つかるわけですが、まだ生死不明の人間を既に死んだと言っている警部がてっきり犯人だと思いましたよ。。。原文が間違っているのか、条件法か何かを過去形で訳してしまっているのかは、わかりませんが。

 これまでに四人が云々と言っているわりにはほかの事件の具体性がさっぱりなのもイライラします。読み終えてみれば、これにも実は(作品上の)理由のあることなのですが【※ネタバレ*2】、だからといって進行上で切り捨ててしまっていいものでもありません。こういうところが雑です。

 警察を含めた一部の人間しか知らないはずの事実をなぜ犯人が知っていたのか――。これは事件が超常現象かどうかを占う大事なトピックなのですが、犯人が立場上こっそり情報を入手できたというどうとでも言える真相でした。これも雑でした。

 要の一つといっていい路地消失トリックは、これしかないと言っていいでしょう。ポイントは【※ネタバレ*3】などの類似トリックとは違って寝ても気を失ってもいない相手をどのように錯誤させるかなのですが、むしろ家ではなく路地だからこそ可能な錯誤【※ネタバレ*4】であるところに新味があるでしょうか。

 しかしながらこのトリックにはいくら何でも被害者が気づくだろうと思いますが、実のところ犯人はトリックを2回しか用いていません。しかもうち1回はバレているわけですから、リアリティのギリギリのところを突いているとも解釈できなくもありません。【※ネタバレ*5

 ハーバート卿を殺した理由もわかりません。操りの筋書きを強化する以上の理由が見当たりませんでした。

 その探偵の操りという趣向によって、黄金時代の古典からブラッシュアップされていると言えます。クイーンのテクニックを手に入れたディクスン・カー(の若書き)といったところでしょうか。本書の数少ない光る点でした。

 犯人は操りによってもう一つの事件の犯人を告発するのですが、そこまでのことをするのも「動機は殺された親の復讐しかありえません」だそうです。何でしょう、その根拠のない断定は。脱力しました。。。【※ネタバレ*6

 そこに至ってもう一つのトリックが明らかになるのですが、まるっきり別のトリックとはいえ例えばディクスン・カーの『曲がった蝶番』と比べてみると、アルテの稚拙さが歴然としています。あちらは15歳から25年ぶりにアメリカから帰国したという設定でした。当時のことを知る者ももういません。一方の本書の場合は、新婚旅行中に髪の色とファウンデーションと体型を隠す服装になり知り合いに会わないようにする――だそうです。いくら作り物の物語だとはいえ、アルテと比べてカーがどれだけ真実らしさに腐心しているかわかろうというものです。

 さて、本書は強盗犯が逃亡し、間違われた男が部屋に飛び込んで来るという場面から幕を開けます。緊迫した場面ではあるものの、何の意味があるのだろうと思っていましたが、最後にようやく明らかになりました。このユーモアも、本書のなかで数少ない光る点でした。【※ネタバレ*7

 これまでにアルテ作品は『第四の扉』『赤髯王の呪い』のほか雑誌掲載の短篇を読みましたが、「氏のベスト5に入るとも言われる傑作」がこんなとっちらかった出来では。訳文もラルフ・「エリオット」だったり「バシル」・ベイカーだったり「悲劇な自殺」だったりと、いろいろ雑です。

 ロンドンのどこかに、霧の中から不意に現れ、そしてまた忽然と消えてしまう「あやかしの裏通り」があるという。 そこでは時空が歪み、迷い込んだ者は過去や未来の幻影を目の当たりにし、時にそのまま裏通りに呑み込まれ、行方知らずとなる??単なる噂話ではない。その晩、オーウェン・バーンズのもとに駆け込んできた旧友の外交官ラルフ・ティアニーは、まさにたった今、自分は「あやかしの裏通り」から逃げ帰ってきたと主張したのだ!しかもラルフは、そこで「奇妙な殺人」を目撃したと言い……。謎が謎を呼ぶ怪事件に、名探偵オーウェンが挑む!(カバーあらすじ)

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*1探偵にした話の内容が嘘だった

*2最初の二件はただの行方不明事件で、犯人はそれを利用した

*3「神の灯」

*4路地を挟んで同じような家があって二階は廊下でつながっている。1の家から入って2の家から出て来るよう誘導することで右と左を誤認させた

*51回目、2回目の事件は偶然。3回目は牧師で成功、4回目はバレて殺害、5回目は自作自演、6回目は犯人ではなくオーウェンの仕掛け

*6犯人が或る人物の弟ではなく息子であることが衝撃の事実のように描かれていますが、それまでに姉弟として特段の描写があったわけでもないので、だからどうしたの……としか感じませんでした

*7最後に事件の犯人を嵌めるために、警官から間違われるくらいに似ている強盗犯に協力を仰いで一芝居打ってもらった


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