『狼の王子』クリスチャン・モルク/堀川志野舞訳(ハヤカワ・ポケミス1876)
『Darling Jim』Christian Moerk,2007年。
デンマーク出身の在米作家。
ここまでただ読むだけで苦痛な本は久しぶりでした。
どうでもいいレトリックでだらだらとくだくだしい文章が最初から最後まで続きます。文体に凝っているわけでも心理描写でも風景描写でも状況描写でもなく、本当にただ無駄なだけ。
任意のページを引用します。
「あの人はわたしに話を――」
そこで口をつぐんだ。ジムはいったい何を話したというのだろう? 聞いたのは既に知っていることばかりだった。わたしはどうしてそんなことになったのかもわからないうちに、彼に引き寄せられていた。
「きみになんの話をしたって?」フィンバーが見ていないうちに、エルメネジルド・ゼニアのパープルブルーのネクタイが喉の渇いたウナギみたいに紅茶の中に浸かっていた。(p.67)
内的独白にするほどでもない内容と、下手くそ過ぎて不快な譬喩。全篇こんな感じです。
笑っちゃうのは、地の文だけでなく被害者の日記すらこんな調子の文章だということです。死を待つしかない状況のなか、事実を記すでも復讐に燃えるでも許しを請うでもなく、ひたすら自分語り。
もっと上手な作家が書けば十分の一くらいの長さで済むか、同じ長さでもっと密度のある小説が書けたと思います。
二十一世紀の翻訳なのにパンティって単語が出て来た(それも頻出した)のにも笑っちゃいました。
登場人物は全員クズですが、ノワールというわけでもないので、ただただウザイだけなのも気が滅入りました。
作中作として、アイルランドの語り部が語る狼の物語が登場します。狼の王子というタイトルはそれに由来しますが、もう一つある登場人物が姿を消していた理由にも掛けてあることが最後に明かされて、そこだけはよく作られていました。【※ネタバレ*1】
謎の死を遂げたフィオナ・ウォルシュの秘密は、決して明かされることがないはずだった――彼女の日記が郵便局員ナイルに見つからなければ。そこには、悪魔的な魅力を持つ男ジムに出会った様子がつづられていた。アイルランド中を旅して、パブで物語を披露し聴衆を夢中にさせたジム。彼の周りに漂っていた暗い影が、フィオナやその家族に悲劇的な運命をもたらしたのだろうか? 彼女の死をめぐるすべての真相を突き止めようと、ナイルは彼女の故郷に向かう。デンマークの新鋭が鮮やかに語り上げる幻惑のミステリ!(裏表紙あらすじ)
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*1レイプされて出来た子ども=狼の子