『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』喜国雅彦・国樹由香(講談社)★★★★☆

『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』喜国雅彦国樹由香講談社

 2007年から2016年まで『メフィスト』に連載されていた古典ミステリのガイド本。現代の若者が読んで面白い作品という視点で博士と高校生りっちゃんがやりとりする「H-1グランプリ」を中心に、ミステリがらみのエッセイやネタが収録されています。

 ブッシュ『完全殺人事件』の「あのトリックのおかげで、読後感の深みが増した」「その深み、島田荘司の作品を読んだときに感じるものに近いかな」というやりとりは気になります。『完全殺人事件』は未読なので、読むときにはそれを意識してみようと思います。

 クリスティー作品の評価を『アガサ・クリスティー完全攻略』と比較するのも面白いです。『三幕の殺人』が退屈という点は一致しているのには笑いました。もっともそこに必然性があるというのが『完全攻略』なのですが。

 国書刊行会〈世界探偵小説全集〉の六冊では、『ジャンピング・ジェニイ』『一角獣殺人事件』がぼろくそで、『赤い右手』が絶賛でした。バークリイには同意するものの、『一角獣』は面白くて『赤い右手』はつまらなかった記憶があるのだけれどなあ。やはり人によって感想は違うものです。この回は夫婦揃ってファッションにこだわる国樹由香のエッセイが面白い。

 原書房ヴィンテージ・ミステリからは七冊。カーター・ディクスン『殺人者と恐喝者』は、カー好きとしてはあのトリックはむしろ好きになってしまいます。ロースン『虚空から現れた死』も同様。クウェンティン『グリンドルの悪夢』の「事件がどこに向かうかわからない不安感」は好きなタイプの話です。

 それにしても国樹氏のエッセイや漫画で描かれる喜国氏が可愛くて面白い。

 ハヤカワはなぜか本書ではあまり評価の高くない『九尾の猫』『災厄の町』から新訳で出してましたね。『災厄』はライツヴィルものの第一作だし世間的には評価は高いとはいえ。

 古くさいと思って一冊も読んだことのなかったステーマンの『六死人』が高評価。

 第11回で取り上げられているクロフツは、一時期まとまって読んだことがありました。『樽』のほかは、『多忙な休暇』『毒蛇の謎』『チェインの謎』『紫色の鎌』『クロイドン発』『二つの密室』で、評価の高い『スターヴェルの悲劇』は未読。個人的には『多忙な休暇』が★4つで、『紫色の鎌』『二つの密室』が★3つ、『クロイドン発』が★1つでした。『紫色の鎌』は著者も触れているような瑕はありますが、フレンチが出て来る後半がつまらなくなるという欠点が解消されている作品でもありました。フレンチは『二つの密室』でも昇進を気にしてました。

 第12回の「エンピツでなぞる美しいミステリ」は、麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』。「部屋がない」は衝撃です。

 カーの歴史ミステリはデュマ風冒険活劇だと思えば充分に面白いと感じていたのですが、なるほど女キャラがうざいのか。ボワロー&ナルスジャックは器用貧乏というイメージだったので、ピエール・ボアロー単独名義の『殺人者なき六つの殺人』が密室ものとしてもわりといい評価をされていて意外でした。ルコックものがホームズに与えた影響が結構モロだったことにも驚きました。

 クイーンのライツヴィルもの。唯一読んでいる『災厄の町』は、クイーンの「人間味」が薄っぺらすぎて困ってしまいましたが、『フォックス家の殺人』『十日間の不思議』は「〈小説〉として成功している」そうです。並行して読んでいる『アガサ・クリスティー完全攻略』では、『ポケットにライ麦を』の項で、『ダブル・ダブル』を「「見立て」の必然性を提示した数少ない傑作」と評していて、人によって、また視点によっていろいろな評価があるのがわかって面白い。

 第16回は現代教養文庫修道士カドフェルってドラマ化もされていたから、てっきり二時間ドラマ程度の出来だと思っていたのですが、処刑された人数より死体の数が多いという謎にまず惹かれるし、登場人物が悪役から脇役に至るまでみんないいというのだから、不明を恥じます。

 マイクル・イネス『ある詩人への挽歌』は「幻想小説として読むんじゃ」とありますが、マイクル・イネスってあのアプルビイの……と思ったら、これもアプルビイものなんですね。ユーモアものというイメージがあったのでちょっと驚きです。

 第17回ではアルセーヌ・ルパンものも紹介されています。『虎の牙』が本格として高評価でびっくり。面白いし大好きな作品(マズルーのキャラには同意)ですが、本格として読めばがっかりな作品だと思っていたので。

 カーの『曲がった蝶番』が傑作なのには異論がありません。『三つの棺』の「肝は密室じゃない」「(一番書きたかったアレに)気づかせないために、必要以上に密室って言わせてるんじゃないの?」という指摘には膝を打ちました。

 セイヤーズは軒並み低評価。ピーター卿とハリエットのやり取りがお気に召さなかったようです。わたしは二人のファンの口なので高評価なのですが。

 第22回はバークリー&非本格。けれどアイリッシュ『幻の女』を本格として評価していたりもしていました。

 第23回は『スミルノ博士の日記』『殺人交叉点』『暗い鏡の中に』『悪を呼ぶ少年』。一冊から一冊へと連想によって選ばれた四冊。伏せ字ばかりで既に該当本を読んだ人でなければよくわからない内容になっています。

 第24回はクレイトン・ロースン。カーの友だち。個人的には偏愛する作家ですが、あんまり上手くないのは事実なので、評価はこんなものでしょう。

 耳の聞こえなくなった義母が読書にはまったというエピソードが印象的でした。

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