『S-Fマガジン』2021年6月号No.745【異常論文特集】

『S-Fマガジン』2021年6月号No.745【異常論文特集】

 異常論文とは聞き慣れない言葉です。架空の書評みたいなものかな、と思って読み進めてみると、だいたいそんなようなものでした。監修者の樋口恭介氏ひとりがやたらとテンション高く、表紙や扉の紹介文まで異常論文を模したノリが痛々しかったです。

「INTERNET2」木澤佐登志

「裏アカシック・レコード」柞刈湯葉

「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」陸秋槎/稲村文吾訳 ★★★☆☆
 ――一八九〇年八月八日、シカゴ・トリビューン紙に、「ただの催眠術だった――インドの托鉢僧はどのように観衆をあざむいたか」という記事が掲載された。同様の魔術に関する記述はインドや中国、アラビア世界の文献に多数現れている。筆者は、インドを原産とする絶滅した動物ヴァジュラナーガが、その真相を明らかにする可能性があると考えている。イギリスの旅行家が一七八一年、現地人が長さ四、五メートルの蛇を縄として川の両岸に架け、橋として利用したのを目撃している。その蛇は危険を感じると鱗が岩石のように固くなるという。

 普通の小説の形であればしょーもないとも言える内容が、架空論文の形だからこそ活かされていると言えそうです。サンスクリット語でいかにもそれらしい動物名がでっちあげられているのも可笑しい。
 

「オルガンのこと」青山新

「『多元宇宙的絶滅主義』と絶滅の遅延――静寂機械・遺伝子地雷・多元宇宙モビリティ」難波優輝

「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」柴田勝家

「SF作家の倒し方」小川哲 ★★★★☆
 ――デビューしたSF作家はある重大な選択を迫られます。「あなたはSF作家になりますか? 裏SF作家になりますか?」SF作家の職務は、SFの力を使って世界を良くすることです。裏SF作家の職務は、SFの力を使って陰から日本を支配することです。かく言う私も選択を迫られました。池澤春菜率いるSF作家界に加わるか、大森望率いる裏SF作家界に加わるか。一切悩みませんでした。SFの力を使って世界を良くしたい。そういう強い良いを持って作家になったからです。それでは、汎用的な戦い方では倒せない強力な裏SF作家のうち、何人かを具体的に取り上げていきたいと思います。まずは比較的対処の容易な柴田勝家から倒しましょう。

 もっともらしく真顔でホラを吹くのではなく、冗談であることを隠そうともしない作品でした。それぞれの作家の人となりを知っていればもっと楽しめるのだろうな、という意味では楽屋落ちなのですが、紹介されるエピソードがどれも面白く、異常論文というよりも言及されている作家自体が異常な人たちでした。
 

「ザムザの羽」大滝瓶太

樋口一葉の多声的エクリチュール――その方法と起源」倉数茂 ★★★★☆
 ――明治五年に生まれた樋口夏子、筆名一葉は、二四歳と半年という短い生涯のあいだに残した二二篇の小説と日記によって、明治文学最高の作家という評価を揺るぎないものにしている。一葉作品の語りは透明ではなく、そこにつねに多様な他者の声が勝手に入り込み、話者を複雑に分裂させてしまう。いわばこれは口寄せ的な語りと言うべきではないだろうか。一葉は明治二七年の六月に二十二宮人丸という行者を訪ねて話し込んでいる。夜になるとこの人丸の家を頻繁に出入りする人影があった。性別も年齢もさまざまで、みな紙のように薄っぺらく、風に吹かれて宙に浮くこともあったという。

 架空論文どころかあるとろこまでは本物の樋口一葉の評論のように進められてゆきます。譬喩と思えたものが譬喩ではなく現実と溶け合ってゆくのが著者らしいところです。
 

「無断と土」鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)

「修正なし」サラ・ゲイリー/鳴庭真人訳(STET,Sarah Gaily,2018)★★☆☆☆
 ――「アンナ、この章の考察には何カ所か主観が入り込んでいるのが気になります。問題は脚註です。近いうちに電話で話しませんか?(編集)」「修正なし(アンナ)」/データ分析(註9)を通じて自動運転車の過失致死(註10)とさまざまな生物に対するAIの価値判断(註11)を論じ、……/註9 三百万件以上の事故が起きていながら、アーシュラはその中に入ってもいない。「削除してください(編集)」「なぜ? 修正なし(アンナ)」。註10『殺人』と読み替えること。あれは殺人だった……

 特集ではありませんが、特集に合わせてヒューゴー賞ローカス賞の候補作から二篇が掲載されています。こちらは2019年度候補作。車に子どもを轢かれて失くした母親が、自動運転車についての論文中に私情を記してしまうという、わりと普通の話です。
 

「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」ニベディタ・セン/大谷真弓訳(Ten Excerpts from an Annotated Bibliography on the Cannibal Women of Ratnabar Island,Nibedita Sen,2019)★★★☆☆
 ――英国の探検隊がラトナバール島で発見したのは、原始的な生活を営むコミュニティで、そのほとんどが女性と子どもで構成されていた。/ラトナバール島から三人の女の子が救出されました。彼女は利発で勤勉な生徒となり、教えられたkとをぐんぐん吸収していきました。(中略)彼女たちはおぞましい饗宴をくわだてていたのです。/理性を奪ってしまう愛とはどんなものなのだろうか? たった十七歳の少女は、いったいなぜ自分のわき腹の肉をそぎ、煮込んだみずからの肉を、同級生たちのテーブルに出したのだろうか?

 2020年度候補作。十個の文献からの抜粋とすることで、要素を抽出しただけなのに小説として成立しているという効果があがっていました。人肉食というセンセーショナルなテーマとは裏腹に、女性の生き方について。
 

「書評など」
火の鳥 大地編』桜庭一樹、『この地球の片隅に パワードスーツSF傑作選』J・J・アダムズ編、『旱魃世界』J・G・バラード、『ドラキュラ紀元一九五九年 ドラキュラのチャチャチャ』、『山の人魚と虚ろの王』山尾悠子など。
 

「乱視読者の小説千一夜(70)奇術師の密室」若島正
 クリストファー・プリースト『The Evidence』
 

「SFのある文学誌(76)小酒井不木①――法医学と神秘異端ペダントリー」長山靖生

「SFの射程距離(最終回)イノベーションの練習問題」松村健

大森望の新SF観光局(78)ポストコロナとSF的想像力」
 半分は『三体』完結編の『三体Ⅲ 死神永生』について。
 

「殲滅の代償」デイヴィッド・ドレイク/酒井昭伸(The Butcher's Bill,David Drake,1974)★★★☆☆
 ――ダニーは〈双つ星〉に乗って何度も活躍してきた。「地中の目をつぶせ!」中央指揮所から先頭集団に指示が飛んだ。連隊は敵の前哨点に突っ込んだにちがいない。敵の攻撃がやんだ。中央からふたたび命令が発せられた。「ベータ中隊・第一小隊は突入せよ」。さいわい、突撃が奏功し、敵は的を絞りきれなかったらしい。命中弾を食らったのは2号車だけだ。「戦車隊、縦隊突撃」大佐が命じた。中央指揮所で騒ぎがもちあがった。「正気? こんな暴挙はいますぐやめなさい!」「むりです。横っ面を張られて引きさがれと? いまかかっているのはわが連隊の名誉です」

 宇宙の傭兵機甲連隊を描いた〈ハマーズ・スラマーズ〉シリーズの第一作。リアルな描写が従軍者から支持されたそうです。
 

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