『ランドスケープと夏の定理』高島雄哉(東京創元社 創元日本SF叢書)

 第5回創元SF短編賞受賞の表題作を含む三篇収録。シリーズもの、というよりは三篇揃って一つの作品と言った方がよいかもしれません。
 

ランドスケープと夏の定理」(2014)★★★★☆
 ――太陽から地球方向に延ばした直線の延長上にあるL2まで、今は十時間で行くことができる。姉のテアと会うのは三年ぶりだ。姉は宇宙空間での研究を容易にするために、脳内の記憶情報だけを切り出して転送する技術に取り組んでいた。僕はその被験者になり、実験は失敗して、僕の魂は二つに分裂した。姉はあろうことか切り離された僕の情報=演算対を情報空間に安定させ、別の人格に変形しようとしてウアスラと名づけた。弟はもういるから今度は妹だそうだ。僕は当時、知性定理についての論文を発表していた。生物ごとに異なる数学は存在しない。個体ごとに違っていても数学という場を通して会話はしばしば成立する。やがて人工知能を図形化することに成功し、二つの人工知能の繋がりも定式化が可能だった。図形化された人間の知性は、人工知能と同一の位相空間にきれいに当てはまった。

 タイトルになっているランドスケープとは、「十の五百乗個ある可能性の宇宙全体」という気の遠くなるようなものを差す物理用語だそうです。テアはその仮説を確かめるため、異なる宇宙を包み込んでいるドメインボールのなかに、記憶情報を転送させてしまいます。あとがきによれば、著者はグレッグ・イーガンの物語や登場人物に不満(?)を抱いていて、自作ではその真逆の方針を採用したとあります。著者自身は今ではそうは思わない云々と書いていますが、まさしくイーガンの特徴ではあります。語り手のネルスがやたらと「姉さん」と口を挟んでうざかったり、当然のように魂という言葉を使っていたりするところも、キャラクターを掘り下げた結果でしょうか。エキセントリックな陽性のマッド・サイエンティストであるテアなどはその最たるものでしょう。内容は実のところ三題噺みたいなもので、「ランドスケープ」と「知性定理」と「記憶の転送」がきれいに一つにまとまっていました。それを繋ぐ一つが、「物理現象というのは、見方を変えると、ボールペンや時空が方程式を解いたとも言える」という考え方で、これがあればこそ冗談のような出来事が「ランドスケープ」と「記憶の転送」で繋がっていました。

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