『忘れられた花園』(上)ケイト・モートン/青木純子訳(創元推理文庫)★★★★★

『忘れられた花園』(上)ケイト・モートン/青木純子訳(創元推理文庫

 『The Forgotten Garden』Kate Morton,2008年。

 オーストラリア、ブリスベン。二十一歳になり結婚を間近に控えたネルは、父親のヒューから衝撃的な事実を知らされます。白いトランクとともに波止場に置き去りにされていた四歳のネルを、ヒューが連れ帰って家族として育てたのだということを。それからネルと一家の運命は変わってしまいます。家族の誰にも秘密を言えぬまま、ネルは家族と距離を置くようになりました。

 やがてネルが九十五歳で息を引き取るとき、病室にいた孫娘のカサンドラは「お話のおばさま」というネルのつぶやきを耳にして、ネルの妹たちにその言葉の意味をたずねます。偶然からとうに秘密を知っていた妹たちから真相を聞き、カサンドラは、ネルのそして自分自身のルーツに興味を持ち始めます。ネルがイギリスに家を買っていたこと、その家が自分に遺されたことを知ったカサンドラはイギリスに向かいます。

 手がかりは祖母の家で見た絵本の作者イライザ・メイクピースでした。そしてまた絵本の挿絵は著名な肖像画ナサニエル・ウォーカーのものでした。古書店、図書館、ネルのメモをたどり、カサンドラはネルのルーツに近づいてゆきます。

 創元推理文庫には珍しく登場人物表もないこともあって、読み始めた当初はかなり複雑なように思えましたが、主役も時代も場所もいったりきたりするという構成のおかげで、早い段階で少しずつ謎は明らかになってゆくので、複雑どころかむしろわかりやすく読み進められます。

 妹たちからはネルは人が変わってしまったと言われ、少女だったカサンドラは母親から離れて初めての祖母の家で過ごす不安に怯えていたため、物語序盤で受けたネルの印象は恐ろしげな老婆というものでした。

 けれど最初の夜にカサンドラにかけた言葉と態度によって、印象は少し変わってきます。決定的だったのは、ネルがロンドンに家を買いながらブリスベンを離れなかった理由が明らかになったときでした。

 少女時代、老婆時代、父の視点、妹の視点、孫娘の視点、自分の視点、第三者の視点。これだけの語りが効果的に組み合わされることで、謎も真実も併せ持った実在の人間の生涯を追っているかのようでした。

 しかもはじめのうちはネルという謎めいた少女~老女の足跡をたどっていたはずが、いつしかイライザの壮絶な少女時代を夢中で読み耽っていることに気づき、著者の自在な筆に舌を巻きます。ここは『レ・ミゼラブル』へのオマージュでしょうか。

 第一部が終わったところで実はかなりの謎が明らかになっているのですが、ネルがなぜ波止場に残されていたのかという謎は残されたままです。

 1913年オーストラリアの港に英国からの船が着き、ひとり取り残され、名前すら語らぬ少女が発見された。優しいオーストラリア人夫妻に引き取られ、ネルと名付けられた少女は21歳の誕生日にその事実を告げられる。時は移り、2005年のブリスベン。老いたネルを看取った孫娘カサンドラは祖母がコーンウォールのコテージを彼女に遺してくれたと知る。ネルとはいったい誰だったのか?(カバーあらすじ)

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