『血の季節』小泉喜美子(宝島社文庫)★★★★☆

『血の季節』小泉喜美子宝島社文庫

 1982年初刊作品の復刊です。

 小泉喜美子が1934(昭和9)年生まれということにびっくり。戦前生まれだったとは。

 殺人犯が女の子に興味を持つようになったきっかけを精神科医に語った幼少期から青年期にかけてのパートと、昭和50年現在の幼女殺人事件を追う警部のパートから成る、小泉喜美子の第三長篇です。著者あとがきによると、『弁護側の証人』『ダイナマイト円舞曲』とともに、西洋三大ロマン(シンデレラ・青ひげ・ドラキュラ)をモチーフにした三部作だということです。

 警察パートはおよそ小泉喜美子というイメージからは似つかわしくない、陰惨な性犯罪が描かれていますが、犯人が冒頭の殺人犯であることは自明ですから、犯人捜しというわけではありません。幼少期から殺人へと至る殺人犯の告白と、その反対に事件後から犯人へとたどってゆく捜査側が、いかにシンクロして犯人がなぜ殺人を犯すに至ったのかを明らかにする補助線のようなものでしょう。

 分量から言っても著者の持ち味から言っても、本書の大きなウェイトを占めているのは殺人犯の告白です。下町から山の手に引っ越して孤独をかこっていた少年が、「お城」に住む外国人兄妹と出会って遊び始めるという、ロマンチシズムあふれる発端は、戦前の日本が舞台とは思えないほどです。学校になじめない少年が『紅はこべ』を愛読しているというのも味わい深い。

 夭逝した美しい公使夫人、公使夫人に恋心を抱いていた公使館員ラドラック、鍵穴から覗き見た死者の部屋と「すするような音」、美少女ルルベルが成長とともに見せ始めた夢遊病と残虐性――。道具立ては揃っていて、ドラキュラなど抜きにしてもゴシック小説として一級品です。

 やがて戦争によって友情は断たれることになります。吸血鬼小説として見るならば、ここで戦争が起こるのが必然でした。そのまま交流が続いていれば、大人になった少年は吸血鬼が存在するか否かに気づいてしまうでしょうから、真相は闇のなか――であるためには、突然の別れと何もかもが灰燼に帰す状況があったのでしょう。

 著者があとがきで、現代の東京を舞台にリアリズムの手法を用いて吸血鬼を登場させることの難しさを語っていましたが、そのためもあってか実のところ吸血鬼要素はあまり高くなく、後半になっても飽くまで思わせぶりな描写が一つ二つあるくらいです。

 このあたりの著者の苦労がしのばれるのが解決編です。個人的にはそのままゴシック小説として完結してもよかったと思うのですが、著者はどうしてもミステリであり吸血鬼小説でなくては満足できなかったのでしょう。吸血鬼に関する演説とミステリ的な解決の二通りの真相(かもしれないもの)を精神科医に語らせています。

 さすがに精神科医の口から吸血鬼が実在すると信じかけたと言われても嘘くさくて、超自然的な真相を現実的な真相でひっくり返すという効果よりも、空々しさの方を感じてしまいました。その後のもうひとひねりも『火刑法廷』をやりたかったのでしょうが、吸血鬼の特性が用いられたひとひねりを不自然でなく警察も認めた事実として描こうとしてかえってまどろっこしくなっていました【※取調室の鏡に映らない】。

 スイスがヘルヴェティアという古名で描かれているところから、リアリズムの手法を採りつつも飽くまでこの現実世界とは別の世界だという意図なのかもしれません。

 青山墓地で発生した幼女惨殺事件。その被告人は、独房で奇妙な独白を始めた。事件は40年前の東京にさかのぼる。戦前の公使館で、金髪碧眼の兄妹と交遊した非日常の想い出。戦時下の青年期、浮かび上がる魔性と狂気。そして明らかになる、長い回想と幼女惨殺事件の接点。ミステリーとホラーが巧みに絡み合い、世界は一挙に姿を変える。1982年発表。復刊希望が相次いだ、幻の名作がついに復刊。(カバーあらすじ)

  


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