『地球最後の男』リチャード・マシスン/田中小実昌訳(ハヤカワ文庫NV)
『I Am Legend』Richard Matheson,1954年。
自分以外の全人類が吸血鬼と化してしまった世界で、絶望と戦いに明け暮れる男の日々を描いた古典的名作です。今は数年前の映画化に合わせて新訳『アイ・アム・レジェンド』が出ているようですが、旧訳で読みました。訳が古いのでボブがボッブになっていたりトーラーがトラになっていたりします。
初めはただただ発作的に怒りを爆発させ、生きるためだけに生きていたロバートですが、やがて吸血鬼現象を科学的に解明しようとしはじめます。そうして前向きになったかと思えば簡単にキレ出したり、あまりにも凡ミスが多かったりと、支離滅裂とさえ感じる言動に、長い孤独と恐怖にさいなまれたのであろう神経衰弱が窺えます。
吸血鬼化現象を細菌によるものとし、キャリアと吸血鬼を区別するなどの擬似科学的な説明が、単なる吸血鬼伝説の新解釈などではなく、内容と密接に結びついているのはさすがと言うべきでしょう。ロバートにとっては(そして読者にとっても)キャリアも吸血鬼も等しく怪物だと感じるのは仕方のないことです。
妻への愛がくどいほど描かれているのがマシスンらしいところです。
途中で犬が登場する場面は、犬自体の魅力もさることながら、忘れていた日常が戻って来るかのような錯覚を信じたくなって胸が苦しくなります。
空が薄暗くなってきた。また夜がくる。ロバートはゆるんだ羽目板を直し、発電機を点検した。もうじきやつらが集まってくる。暗くなるとすぐに……。やがて夕食を作り終えたとき、やつらの声が聞こえてきた。「出てこい、ロバート!」突然蔓延した吸血病によって地球はその様相を一変した。生者も死者も吸血鬼と化した悪夢のような街で、ただひとり病を免れたロバートは、絶望的な戦いの日日を送る。だがそんなある日……(カバーあらすじ)
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