「今宵はどんな儀式を見せてもらえるのかな?」ジョン・ル・カレ/加賀山卓朗訳(What Ritual is Being Observed Tonight?,John le Carré,1968)
――マリー=ルイーズ、彼女の両親が経営する宿の看板娘だった。私はオクスフォードの入学許可を待つあいだ、その宿のお世話になっていた。給仕として。私は彼女を愛していた、とは言わない。彼女を欲していた。私は冬にその地を去り、マリー=ルイーズに手紙を書いた。クリスマスにはワインが届いた。お礼の手紙を書いたが、返ってきたのは母親からの手紙だった。マリー=ルイーズは一年近くあなたを待っていました。どんな娘にとっても長すぎるのではありませんか? あの娘は財産も将来の見込みもない教師と駆け落ちしました。
著作リストによると短篇は全部で8篇しかないようです。『ドイツの小さな町』と同年に発表された恋愛小説。二人とも若いはずなのに、情熱や初々しさなどかけらもない、引いた感じの目線が独特です。
「『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』序文(再録)」ジョン・ル・カレ/村上博基訳
「ジョン・ル・カレが私の人生を知りすぎているので、私は彼に監視されているのではないかと思うようになった」アダム・シズマン/加賀山卓朗訳
「父ジョン・ル・カレの密かな協力者、わが母ジェイン・コーンウェル」ニック・コーンウェル(ハーカウェイ)/黒原敏行訳
「ジョン・ル・カレの鷹のような目」齋木俊男(元ギリシャ大使・鈴鹿大学名誉教授)
「ジョン・ル・カレ論」松坂健
「交錯する〈悲劇〉と〈喜劇〉~ル・カレの映像世界、その翳と光~」小山正
ル・カレ自身はもとより息子たちもスタッフとして関わっていたので、そりゃ映画も出来がいいという話や、意外だと思っていたカメオ出演も伝記や回想録を読めば意外でもなかった話や、日本未公開のアレック・ギネス主演のスマイリーもののTVシリーズの話など。ジョージ・ロイ・ヒル監督、ダイアン・キートン主演で『リトル・ドラマー・ガール』が映画化されていたとは知りませんでした。
「あるスパイへの献辞」直井明
『スクールボーイ閣下』に登場するクロウ老人のモデルとなったリチャード・ヒューズの話。この記事を読んだ限りでも面白い人物だったようです。
「マイ・ベスト・ジョン・ル・カレ アンケート・エッセイ」霜月蒼・田口俊樹・月村了衛・手嶋龍一・直井明・法月綸太郎・深緑野分・福田和代・他
田口氏は失敗と誤訳の話、法月氏はル・カレの英国本格っぽさなど。
「エラリイ・クイーン『十日間の不思議〔新訳版〕』刊行記念座談会」有栖川有栖×越前敏弥×綾辻行人(司会:後藤稔・二村知子)
「英米では本格ミステリは女性が得意で、イギリスは連綿と女性ミステリ作家の系譜があります」というのは、言われてみればなるほどと思いました。新訳ではエラリイが父親に敬語を使っていないというのも、翻訳文体に馴れてしまっていて言われないと意識しませんでした。
「冤罪から陰謀論まで 〈道徳感情〉で世界を読み解く」管賀江留郎×橘玲
「おやじの細腕新訳まくり(22)」田口俊樹
「好奇心の強いニースの肉屋」ジェームズ・ホールディング/田口俊樹訳(The Inquisitive Butcher of Nice,James Holding,1963)★★★★☆
――ジャック・ボルガールの人生には刺激的なことなど起きたことがなかった。その朝、店の冷蔵ショーケースに男の死体を見つけるまでは。妻のかわりに彼には見習いがいた。マルタン・ロジェという十七歳の若者で、実際に死体を見つけたのはこのマルタンだった。「ムッシュ・モーリスじゃないか!」「そうです。いつも現金で払ってくれるお客さんです、ああ!」「こんなときに金の話なんかするんじゃない。警察を呼ぶんだ、マルタン」「わかりました」「待て! ちょっと考えたほうがよさそうだ。ムッシュ・モーリスは殺されているようだ。警察は私やおまえが殺したと思うかもしれない」ボルガールは死体をいったん冷凍室に運んで、善後策を考えることにした。
肉屋と見習いのとぼけたやり取りが可笑しくてどんどん読み進めてしまいます。この手の作品の場合、主人公の推論が果たして迷推理なのか名推理なのか最後までわからないところがあるので、最後になるまでどっちに転ぶか楽しめました。いろいろなシリーズものがあり、アンソロジーなどにいくつか訳載されているそうです。
「これからミステリ好きになる予定のみんなに読破してほしい100選(2)海外作家の書いた面白いミステリ(古典篇)」斜線堂有紀
「書評など」
◆ポケミス『第八の探偵』アレックス・パヴェージは、「“新本格ミステリ”の精神に通ずるものを感じる作品」。
◆『蝶として死す 平家物語推理抄』羽生飛鳥は、ミステリーズ!新人賞受賞作「屍実盛」を含む連作集。収録作は「現代の法医学ミステリさながらの面白さ」「安楽椅子探偵スタイルの一篇」など。
◆『非日常の謎 ミステリアンソロジー』はタイトル通り、日常の謎ならぬ非日常の謎がテーマの書き下ろしアンソロジー。城平京が寄稿しています。
◆『三体Ⅲ 死神永生』劉慈欣はシリーズ完結篇。
◆『原野(ムーア)の館』ダフネ・デュ・モーリアは、『ジャマイカ・イン(埋もれた青春)』の新訳。
◆『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ 813(上)』森田崇は、アルセーヌ・ルパンシリーズの正統な漫画化『アバンチュリエ』シリーズの最新作。
「迷宮解体新書(122)恩田陸」村上貴史
『三月は深き紅の淵を』をはじめとする理瀬シリーズの最新作『薔薇のなかの蛇』刊行。「クリスティーが好きで、例えば『スリーピング・マーダー』のような、“記憶の中の殺人”タイプの話が大好きなんです」というのは嬉しいコメント。
◆アニメ『富豪刑事 Balance: UNLIMITED』は筒井康隆『富豪刑事』のオリジナルアニメ化。
「ミステリ・ヴォイスUK(125)メール推理小説」松下祥子
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