『黒いアリバイ』ウィリアム・アイリッシュ/稲葉明雄訳(創元推理文庫)★★★★☆

『黒いアリバイ』ウィリアム・アイリッシュ稲葉明雄訳(創元推理文庫

 『Black Alibi』Cornell Woolrich,1942年。

 『黒衣の花嫁』『黒いカーテン』に続く〈ブラックもの〉の第三作です。

 目次が被害者名になっており、『黒衣の花嫁』『喪服のランデヴー』等と同じく一つの章で一人が死ぬという短篇が積み重ねられた構成になっていました。

 こういう何番煎じかに加えて、逃げ出した黒豹が人を襲うというB級臭ただようストーリーなので、あまり気乗りせぬまま読み進めてゆきました。

 けれどそこはウールリッチ。

 被害者名が章題になっている以上、殺されることは読者にもわかっているんです。にもかかわらず、ウールリッチはすぐに悲劇を起こすことなく被害者の恐怖心を何段階かに分けてじっくり描いています。で、それがまったく焦れったくはありません。焦れったくないどころか、どうしてこんなにバレバレなのに息づまるサスペンスが生まれるのかと思うほどに濃密なサスペンスを感じられました。

 襲われ方も趣向を凝らしています。

 第一の被害者テレサの最期はあまりにも残酷で、サスペンスどころかホラーと言っていいでしょう。直接的な描写がないのは、当然ながら犯人を見せないためでもあるのですが、ドア一枚隔てて音だけで表される恐怖には想像力を掻き立てられますし、すぐそこにいるのに助けられない絶望感は並々ならぬものがありました。

 絶望感といえば第二の被害者コンチータも相当なものでした。一度は助かりながらも、結局は毒牙に掛かってしまいます。二度も恐怖を味わわなくてはならなかったなんて、あまりにもひどすぎます。

 第三の被害者クロクロは当たり前の幸せを夢見る娼婦で、いかにもウールリッチらしい都会に汚れたけなげな少女として描かれています。新聞が黒豹失踪を冗談めかして記事にしたこともあって黒豹の恐怖よりも不吉な占いの結果に怯えているところや、どん底からすくいあげてくれるための大金をさがしに夜の町へ戻ってゆくところや、前向きでロマンチックな最期など、第一・第二の被害者にも増して印象深い人物でした。

 南米を巡業中の女優キキ・ウォーカーの宣伝の一環として黒豹を連れ歩こうとして、そもそもの原因を作ったマネージャーのマニングが探偵役を務めます。犯人が豹にしては残虐すぎる点、被害者が若い女性ばかりな点に不審を抱いたマニングは、取り合おうとしない警察に頼ることをやめ、第四の事件のあとは独自に動き出します。

 ここから先はわやくちゃでした。無茶すぎる囮捜査、唐突なロマンス、突拍子もない犯人像。快楽殺人なのはまあいいですよ、犯人がなかなか捕まらなかった理由もまあわかります、逃亡した豹を隠れ蓑に犯行を重ねようというのも納得はできます――が、なりきる必要がありますか……。ウールリッチにとっての狂人像がそういうイメージなのか、昔のホラー映画のノリなのか、あるいは南米を舞台にしたのはそういうこともありそうな雰囲気を出したつもりなのか。もともとB級っぽかったのがB級で終わったという意味では正しい終わり方です。

 タイトルの『黒いアリバイ』の意味がわかりませんでした。第一章「アリバイ」と最終章「黒いアリバイ」の章題にもなっていますが、どちらもいわゆる「現場不在証明《アリバイ》」とは関係なさそうです。第三の事件のあとで黒豹の飼い主のアリバイが問題にされますが、それがタイトルになるとも思えません。辞書によれば「alibi」には「口実・言い訳」の意味もありますが、それでも意味が通じません。黒豹のアリバイ(=犯行現場にいたのは黒豹なのかどうか)ということかなあ?

 女優の旅興行の宣伝のため連れてこられた黒豹が、衆人環視のなか逃げ出して姿をくらました。やがて、ずたずたに引き裂かれた娘の死骸がひとつ、またひとつ──。美しい犠牲者を求めて彷徨する黒い獣を追って警察は奔走するが、その行方は杳として知れない。だが本件の示すあまりに残虐な獣性に、ある疑惑が浮かび……。サスペンスの巨匠による《ブラック》ものを代表する傑作!(カバーあらすじ)

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