『伊藤くんA to E』柚木麻子(幻冬舎文庫)★★★★☆

『伊藤くんA to E』柚木麻子(幻冬舎文庫

 自意識過剰で自信家で傍若無人で共感力がなく野心家で――というキャラはこれまでの柚木作品にもいないわけではありませんでしたが、女から見たそんな男が登場しているのが本書の特徴で、とにかく気持ち悪い!頭おかしい!嫌われるためだけに存在しているような男でした。

 けれど伊藤君は顔だけはいいこともあり、だめんず好きや経験値のない女からはモテる――というか、固執されています。

 Aパートの主人公はショップ店員の智美。美人で教養もあって伊藤君には友だち未満の扱いしかされていないのに、伊藤君にこだわるのは意地だと本人も認めています。

 Bパートの主人公は、Aで伊藤君が好きになったシュウちゃんこと修子です。伊藤君のストーカーっぷりが半端じゃないので、修子は伊藤君のことを嫌っています。当たり前です。

 Cパートでは伊藤君を好きな後輩・実希の親友で、遊び慣れている聡子が主人公。

 Cで伊藤君にフラれた実希が同窓生に処女をもらってもらおうとするのがDパートです。

 A・Bパートの智美や修子はそれなりにまっすぐだったのに、C・Dパートの聡子と実希は彼女たち自身もちょっと歪んでいます。だから伊藤君を通して自分の醜い部分に気づくところまでは一緒ですが、それから一歩前に進む智美と修子とは違い、聡子と実希二人のそれからはちょっとビターです。

 シナリオライターを目指している伊藤君が参加しているのが、プロの脚本家・矢崎莉桜のドラマ研究会です。Eパートでは伊藤君がクズである理由が伊藤君自身の口から明らかにされます。自覚的だったということに驚きですが、それによって伊藤君への評価が変わるわけでもなく、クズっぷりがいっそう濃くなっただけでした(莉桜はなぜか感銘を受けてますが)。しかも傷つかないためのモラトリアムが成功しているとは言いがたく、本書の伊藤君は傷つけられまくっているのが可笑しい。

 ゴミクズ人間の伊藤君と対することによって、5人の女性たちがそれぞれ自分を見つめ直すきっかけになっていて、登場人物の内面を描くにあたって伊藤君という存在はすごい発明だと思います。

 美形でボンボンで博識だが、自意識過剰で幼稚で無神経。人生の決定的な局面から逃げ続ける喰えない男、伊藤誠二郎。彼の周りには恋の話題が尽きない。こんな男のどこがいいのか。尽くす美女は粗末にされ、フリーターはストーカーされ、落ち目の脚本家は逆襲を受け……。傷ついてもなんとか立ち上がる女性たちの姿が共感を呼んだ、連作短編集。(カバーあらすじ)

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