『S-Fマガジン』2021年10月号No.747【1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説PART2[502〜998]】

『S-Fマガジン』2021年10月号No.747【1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説PART2[502〜998]】

「ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 [502〜998]」
 

「『日本SFの臨界点』編纂の記録2021」伴名練
 中井紀夫新城カズマ石黒達昌の短篇集について。オリジナルの方の『山の上の交響楽』は持っているけれど、編纂の経緯を知ると今回の傑作選も欲しくなってきました。まんまと編者の思惑に乗って3冊とも買ってしまいそうです。一番のお目当ては石黒達昌でしたが、何と全短篇がkindle化されているそうです。これは買うしかありません。
 

「乱視読者の小説千一夜(72)肉体の本」若島正

「SFのある文学誌(78)SF少女マンガが生まれた頃――「花の24年組」とは何か」長山靖生
 

「SF BOOK SCOPE 書評など」
『移動迷宮 中国史SF短篇集』は、中国SFのうちでも「二十一世紀に発表された、中国の歴史に関連するSF」に絞ったアンソロジー

『海の鎖』は、〈未来の文学〉完結巻。伊藤典夫編訳によるアンソロジーです。『不死身の戦艦 銀河連邦SF傑作選』は、「銀河連邦をコンセプトにしたSF」を集めたというよくわからないアンソロジー。創元SF文庫のアンソロジーは日本オリジナルと海外編の翻訳とがありますが、これは後者です。

◆ホラーは国書刊行会づいてます。人狼ヴァグナー』ジョージ・W・M・レノルズは、十九世紀の週刊連続通俗小説。『マルペルチュイ』ジャン・レーは、表題長篇に、フランス語の短篇集『恐怖の輪』全篇とオランダ語の短篇集『四次元』の約半数を収めた作品集。『骸骨』ジェローム・K・ジェロームは、『ボートの三人男』でお馴染みの著者による幻想奇譚集。

 

「NOVEL & SHORT STORY REVIEW(ヒューゴー賞あれこれ)」東茅子
 

「年年有魚」S・チョウイー・ルウ/勝山海百合訳(An Abundance of Fish,S. Qiouyi Lu,2017)★★★☆☆
 ――魚がやってくるまえの春節。あなたは台所で晩のご馳走を作っている。ねんねんゆうよ。年年有余。年を追うごとに余裕ができるという吉語で、余も魚も「よ」で同音なので縁起担ぎで魚を食べるのだ。本を読むことに夢中になり、魚を焦がしてしまった。あとになってみればそれが運の尽きる理由だったように思える。春節の八日目に魚がやってきた。観光バスほどの大きさのサバは海から浮かび、ヒレを打ち振るって空を飛ぶ。

 中国系アメリカ人作家による掌篇。蝗害ならぬ魚害なのですが、バスほどの大きさと言われると蝗害ではなく航空機テロを連想してしまいます。そうなるとこれは天災ではなくなってしまう。いずれにしても個人ではどうすることも出来ない以上、受け入れて生きるしかないのでしょう。
 

大森望×いとうせいこう 『三体』シリーズ完結記念 トークイベント採録
 作者の劉慈欣は冗談で言っているのか本気なのわからない人だそうです。なんか天然っぽい人です。
 

「環の平和」津久井五月★★★☆☆
 ――わたしはどこに行っても、〈環の平和実験〉の被験者として扱われる。小学校の先生はわたしたち三十人に手を繫がせ、大きな人の環を作りました。「あなたたちは今、何人と繋がってる?」。自動交感装置。それがわたしたちの頭の中に入っている。全員が平等で、全員が間接的に繋がり、よって全員の思考が多様なままで調和する――それを妄言と切り捨てなかった人々がいた。十一歳の春にわたしの〈右手〉である渡辺瑛との交感が始まり、同時に訓練の日々が始まった。そしてもうすぐ、〈左手〉も塞がることになる。アナンディーン・アマル。モンゴル国籍の二十二歳男性。これまでバラバラのペアとして存在したわたしたち被験者は、その冬をもって全員がひとつの環に繋がった。

 「2050年に向けた社会的な課題に取り組む『ムーンショット型研究開発事業』、その新たな目標設定のために大阪大学の佐久間洋司氏をリーダーとする『人類の調和』検討チームが発足され、SF作家の創作内容を研究内容と参照しあって議論を深める『SF実現構想』が昨冬から今夏まで行われました。参加作家の1人である津久井月氏による、人類の調和をテーマにした短篇を掲載します」という経緯による短篇です。仮に争いの原因の一つが相互無理解だったとしても、理解し合ったからといって争わなくなるとはかぎりません。でもそれが輪になれば……いや、やっぱり不幸になるだけでしょう――という「交感戦争」のその先の可能性(かもしれないもの)の話。
 

「時間の王」宝樹/阿井幸作訳(时间之王,宝树,2015)★★★☆☆
 ――ビルの階段を上っているとき、誰かにぶつかって階段から転げ落ちたはずだ。なのに怪我一つなくピンピンしている。階段から落ちていれば入院しないとも限らない。十歳の頃に急病で入院していたように。一瞬で二十年前の記憶に沈んだ。書類も同僚の姿も見えない。病室の前に立っていた。今がいつかわかった。初めて琪琪《チーチー》と出会った日だ。半年後、白血病で死んでしまったのだ。俺は行く先々の時間でその年代の琪琪に出会った。何度もすれ違っていたのに気づけなかったのだ。だが何度出会っても助けることは出来なかった。

 事故で過去と現在を行き来する能力を身につけた男が、かつて守れなかった少女と再会するものの、すぐに元の時代に戻ってしまう……というあきりたりのループものであり、主人公の妄想がそのまま物語になったような話――だと思ったら、それどころか実際に妄想だった(怪我と治療に起因する記憶障害)というとんでもない話でした。それでいて駄作というのではなく、やるせない話がいっそうやるせなくなっているのだからすごいです。
 

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