『幻想と怪奇』7【ウィアード・テールズ 恐怖と冒険の王国】
「『ウィアード・テールズ』――ある雑誌の歴史と、表紙画家たちの横顔」
パルプ雑誌のカバーワークの良さはよくわかりません。
「パルプ・ホラーが映しだすもの」牧原勝志
「レッドフック街怪事件」H・P・ラヴクラフト/植草昌実訳(The Horror at the Red Hook,H. P. Lovecraft,1927)★☆☆☆☆
――ニューヨークから来たマローンという刑事は、事件の最中に煉瓦造りの建物が倒壊して精神に痛手を負い、木造建築しかないチェパチェットで長期療養中だった。この世ならざる存在を、マローンはつねに感じていた。レッドフック街に注意を向けたのは、ブルックリンに配属されていた頃のことだ。ロバート・サイダムは中世の迷信に造詣の深い老人だったが、毎晩のように外国人やならず者たちを地下室に集めて怪しげな儀式をしているらしい。
これまで雑誌やアンソロジーなどで、苦手なりにもラヴクラフト作品を幾つか読んで、「これは凄い!」という作品もなかにはあったのですが、本篇は凡作に類する作品だと思います。むしろ人種差別的な描写があるために悪い意味で埋もれずに済んだとさえ言えるでしょう。
「アンポイの根」クラーク・アシュトン・スミス/夏来健次訳(The Root of Ampoi,Clarke Ashton Smith,1949)★★☆☆☆
――サーカスで出会った八フィートはありそうな大男は、巨人症によくある不均衡な感じがしなかった。わたしが声をかけると、ジム・ノックスは自分が大男になった経緯を語ってくれた。冒険好きの船乗りだったジム・ノックスは遭難してニューギニアの小島に運ばれた。そこで稀少な部族の話を聞いた。女性は九フィートもの身長があるが男たちは普通の背丈だという。旅行者が訪れると、付近の山腹で産出する紅玉をガラス玉と交換してくれる。部族の山を訪れたジム・ノックスは女王と結婚することになったが、いつしか男が女に従っていることに懊悩を感じ始めた。
没になったのもむべなるかな、巨人の現在の境遇とそうなるに至った過去の奇譚とのあいだの繋がりが雑すぎて、やっつけ感がひどいです。男一人が巨大になったところでどうにもならないのは明白だし、当時の船乗りなら教養がないので潰しがきかないのだろうとはいえいきなりサーカス団員になるのもよくわかりません。
「消え失せた女たちの谷」ロバート・E・ハワード/宇野利泰・中村融訳(The Vale of Lost Women,Robert E. Howard,1967)
「H・P・ラヴクラフトの退化論の進化論――人種という疫病の恐怖」西山智則
「レオノーラ」イヴリル・ウォレル/植草昌実訳(Leonora,Everil Worrell,1927)★★★★☆
――何度も話してそのたびに「頭がおかしい」と言われてきた。十月、十六回目の誕生日の晩、マーガレットの家から帰る途中、自動車が駐まっていた。わたしはその夜、恋に落ちた。彼と再会したのは二か月後のことだった。「今夜は乗っていかないか、レオノーラ?」一歩前進――とうとう誘われた! でもわたしにはその気はなかった。「またいつかの晩に」。三月になった。わたしが外に出なかった一月の嵐の夜も、彼はあの十字路にいたのだろうか。十二時十五分前、わたしは外に出た。
冒頭で精神を病んでいる(と思われている)らしきことはわかりますが、描かれるのはどうやら超常的な怪談というよりは火遊び的なスリルと貞操危機の恐怖の様子です。これはこれでけっこう読ませるので、無理に怪異に絡めなくともよいと思うのですが、かなりストレートに悪魔の恋人というオチが待っていました。
「殺人スチーム・ショベル」アリスン・V・ハーディング/高澤真弓訳(The Murderous Steam Shovel,Allison V. Harding,1945)★★☆☆☆
――エドはずっと建設現場で働いていた。ある晩、彼が帰ってきて言ったの。現場にショベルが来たんだ、って。女房なら亭主の考えていることぐらいわかるものよ。ああ、エドはそのスチーム・ショベルを動かしたいんだって。とうとうエドの不満の矛先は、ショベルを動かすためにやって来たロンスフォードという男に向けられるようになった。ところがしばらくして、ロンスフォードが姿を消したの。代わりにエドがショベルを動かすことになった。エドはショベルが言うことを聞いてくれないと言うようになった。
エドがロンスフォードを殺して呪われたショベルカーに襲われるまでなら当たり前な怪異譚なのですが、エドが襲われたあとに妻の方も延々と襲われ続けるという点、一種異様な内容でした。
「廃屋」クリステル・ヘイスティングズ/植草昌実訳(An Old House,Crystel Hastings,1927)★★☆☆☆
――月の光のもと そは黙し佇む/曲り畝る小道 人の影も絶え/扉を覆い塞ぐ 蜘蛛の巣の帳/仄白く揺らぎ 宛ら屍衣の如/窓を震わすは 風の噎び泣き/沼から靡くは 重く深き夜霧//明かりもなく 物音も聞かず/……
詩。なので韻律を楽しむべきものなのでしょう。内容にはさしたるものはありません。
「魔の潜む館」メアリー・エリザベス・カウンセルマン/岩田佳代子訳(Parasite Mansion,Mary Elizabeth Counselman,1942)★★★☆☆
――マーシャが道路を運転していると、フロントガラスに穴が開いた。狙撃されている! 外に出ようとした拍子に足首をひねった。気づくと目の前には髭面の男、神経質で殺伐とした少年、ミイラのような老婆がいた。「こいつはロリーを捕まえにきたんだ。殺してやる!」とわめく少年をなだめて、髭面の兄はマーシャを部屋に案内した。だがマーシャが異常心理学の准教授だと知った髭面のヴィクターは、「ここでは科学の話などするな!」と一喝した。老婆は意地の悪い態度を取るばかりだった。やがて物音に気づいて顔を上げると、十六歳くらいの少女が部屋に入ってきた。マーシャのブローチに興味を示し、触れようとした瞬間、ブローチがひとりでに飛んでいき、ロリーの手首にひっかき傷ができていた。
「ハーグレイヴの前小口」『漆黒の霊魂』(→)、「七子」『怪奇文学大山脈3』(→)「三つの銅貨」『たべるのがおそいvol.6』(→)などの邦訳あり。ポルターガイスト現象に襲われた少女とその家族の不幸。それ自体がつけ込まれたものであり、縛りつけるためのものだった――にしても、怪異は怪異として存在しているのがユニークです。
「怪奇な話再び」藤元直樹
「うなばらの魔女」ニクツィン・ダイアリス/野村芳夫訳(The Sea-Witchi,Nictzin Dyalhis,1937)★☆☆☆☆
――ヘルドラは呪わしいとともに愛らしい女性なのである。閉所恐怖症に悩まされたわたしは、大風のなか渚へ散歩に出かけ、一糸まとわず冬の海からあがってきた女性を見つけた。「乗っていた船が沈んでしまい、衣服を脱ぎ捨てラーンのふところに飛びこんだの」。ラーンだって? 古代スカンディナヴィアのヴァイキングが信仰した海の女神じゃないか。
異国趣味とファム・ファタールをやりたかったのかもしれませんが、いかんせん平板です。
「『ウィアード・テイルズ』の幻の作家たち」植草昌実
「道」シーベリー・クイン/荒俣宏訳(Roads,Seabury Quinn,1938)
「稲妻マリー」/S・チョウイー・ルウ/勝山海百合訳(The Shapeshifter Unraveled,S. Qiouyi Lu,2019)★★★★☆
――マリーは霹靂であり稲妻であり、大平原を引き裂く竜巻であり、兵器のような憤怒だった。わたしはといえば遠くで草むらにしがみつくネズミであり、彼女の栄光の軌跡に震えるのだった。羨望がわたしを飲み込んだ。彼女になりたかった。わたしはまず貝になった。だがそれは砂を噛んで内側を切り刻んだにすぎなかった。こんどは孔雀になろう。しかし羽は自らの重みでしなだれた。次にマリーに会ったのは、サンフランシスコの中華街だった。わたしは何かのふりをするのをあきらめて、自分自身の醜い身体に戻っていた。同じ茶館で彼女と鉢合わせた。
《Le forum du Roman Fantastique》とあるので投稿作のようです。訳者は中国ファンタジーの著作もあるプロの小説家。著者は中国系アメリカ人で、『S-Fマガジン』2021年10月号(→)に同じ訳者による「年年有魚」が訳載されています。子どもの頃には特別な存在に思えたものが、長じてみると当たり前に見えた。それが幻滅ではなく前向きなものとして描かれている、少女たちの成長譚。「マリーは霹靂であり稲妻であり、大平原を引き裂く竜巻であり、……」という文体にもまた引き込まれます。
「天使についての試論」伊藤なむあひ ★★★☆☆
――二〇二三年に地上で初めて天使が観測されたのは、北海道伊達町の公園だ。一日一羽以上のペースで落ちてくる天使たちを、ついには事実上隔離する形で離島に移動することになった。天使が国際人権法によって保護されるかどうかは議論を生んだが、最終的に『天使三原則』という形に落ち着いた。だがC国により天使を傷つけずにクローンを食材にするという建前の抜け道が取られ、北海道に密猟者が殺到した。二〇二四年六月十一日、事実上、日本から北海道はなくなった。日本時間で十三時。ファンファーレのような音が鳴った。
創作の投稿作。天使を生物・獣として描いた小説はいくつか読んだことがありますが、生物として描き且つ聖書の天使の要素も兼ね備えている作品は初めて読みました。
「蛙中人」柳下亜旅
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