『紫蘭の花咲く頃』佐々木俊介(佐々木ミステリ部,2017)★★★★☆

 鮎川賞候補『繭の夏』でデビューした佐々木俊介氏が著者ホームページで公開している作品です。『繭の夏』『模像殺人事件』『仮面幻戯』『魔術師』に続く第五作目に当たります。『魔術師・模像殺人事件』は先ごろ文庫化されたばかりです。

 あまりにも人工物めきすぎていた『魔術師』と比べると、同じ孤島ものとはいえかなり現実よりの世界が舞台になっています。鉱石資源が枯渇した落ち目の島や、狐憑きの後妻(継母)など、近代社会と古い因襲がうまい具合に溶け合っていました。

 以前公開されていたあらすじ紹介タグには「スリーピングマーダー」というタグがありました。傑作『繭の夏』がまさにそういう話だったので、いやがうえにも期待は高まります。

 怪談に伝わる通り金曜の放課後に一人廃校に入ったきり行方知れずとなった少女――正門には同級生の目があり、裏手の窓は塞がれていたという、衆人環視の密室状態でした。失踪した少女の従兄弟が28年ぶりに関係者に話を聞いて回りながら、28年前の回想をしてゆく、という形が取られています。

 人間消失のほか、孤島、神隠し伝説、人狼伝説、双子の美人姉妹、狐の面をかぶった余所者……と、前近代的な“探偵小説”のテイストをふんだんに用いながら、「昭和の終焉」である80年代~90年代の総決算といったノスタルジックな空気が溢れているのが特徴です。

 自作解題によるともともとはモキュメンタリーを目指していましたが「僕の筆致がどうしても文学的というか詩的なもんですから」「書けば書くほど小説になって」しまったそうですが、そうした著者の持ち味が本書や『繭の夏』のような回想の殺人や失われた青春といった内容にはぴったりなのだと思います。特に本書の場合、青春時代というのが語り手たちのことだけに留まらず昭和の終わりという日本の青春時代とも重ねられているうえ、作中で語り手が語るとおり本書が「loss」の物語でもあるため、いっそうの郷愁を誘います。

 本書が本格ミステリである以上、単なる昭和への懐古だけではなく、当時の世相が事件と密接に関わっていました。事件が起きるきっかけとなった動機は当時のブームから現代にまで至る、とある社会現象に理由がありましたが、探偵小説的な古くささが残る孤島が舞台だからこそ現代的な動機とのギャップによる意外性が際立っていました。

 張りめぐらされた伏線の数々はまさに本格の一言です。デザイナーの叔父に関する従兄妹同士の何気ない会話【※ネタバレ*1】や、当たり前のように存在している狐面の芸術家の存在【※ネタバレ*2】には、本格好きな心をくすぐられました。本書の人間消失を最後まで可能にするためには【ネタバレ*3】が必要で、【ネタバレ*4】を用意するために、隕石事件を配置するセンスが光ります。

 個人的にいちばん感心したのは、山之内家で飼っている老犬の老いを記した箇所でした。あの何気ない文章がほかの要素【※ネタバレ*5】と結びついて、真相が浮かび上がってくる瞬間には昂奮しました。

 消失トリック自体はいくら伏線があるとはいえ荒唐無稽に類するものですが、動機の性質を考えれば、バレたらバレたでなるようになっていたとも思えますし、当初の段階ではこれでいいように思います。

 最後に昭和だけでなく平成のあの事件をも作品に組み込むことで、昭和と平成が終焉を迎え令和が始まるに相応しい作品となりました。

 語り手の父親が伊緒の父親について語った、「完璧主義者というのは完璧にできる者をいうんじゃない。完璧にやれないと気が済まない奴のことだよ」というコメントが印象に残りました。

 島内では評判の美人姉妹の妹・山之内伊緒は、28年前に後輩たちの目の前で一人きり廃校に入ったまま姿を消しました。島では以前にも神隠しのような事件が起こっており、そのとき行方不明になった幼子はしばらくして森で発見されました。伊緒の父親・比佐志は若い後妻をもらっており、後妻の水枝は狐憑きだと陰口を叩かれたこともありました。伊緒の姉・密夏は、「狐じゃなくて狼じゃないよね?」と不思議なことを言います。白浪島《はくろじま》と双娘《なみこ》村には名前の由来となった伝説がありました。……かつて村に一つの胴体に二つの顔を持った美しい姉妹が生まれた。ある日、森に住むという狼が娘たちの家を訪れ、「小窓に見かけた娘に懸想した。嫁にもらいたい」と父親に迫った。以降、村には時折、人狼が生まれるという……。さらに島には事件の一年前から、狐の面をかぶり、「狐の世直し」と貼り紙を貼って回る変人の画家が移住していました。そして事件の数日後、またもや失踪事件が――。

 → 佐々木ミステリ部 


 

 

 

ネタバレ

 

*1ファー

*2三重の人物入れ替わり

*3三人の人間

*4三人目の協力者

*5美容師の証言


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