『時空旅行者の砂時計』方丈貴恵(東京創元社)★★★☆☆

 第29回鮎川哲也賞受賞作。

 カバー装画とタイトルだけ見ると、おタンビーでロマンチックなファンタジーのようですが、惹句には「タイムトラベル×本格ミステリ」とあるうえに、略歴によれば京大ミステリ研出身ということで、意外と本格派でした。

 自分が死ぬのは一族の呪いだと信じる病身の妻に対し、加茂は何もできませんでした。そんなとき、どこからともなくマイスター・ホラと名乗る声が聞こえてきます。呪いは存在する、呪いを解いて妻を救うためには竜泉家の呪いのきっかけとなった大量殺人事件を解決する必要がある――。奇跡の砂時計と呼ばれるその声に導かれ、加茂は58年前の過去に飛びます。事件の現場となった竜泉家の別荘は、電話線を切られ橋を落とされ陸の孤島となっていました。加茂は妻の祖母の双子の姉である当時中学生の文香の協力を得て、私立探偵として別荘に入り込み捜査を開始します。

 読み始めてすぐに思うのは、ただ単に過去が舞台になっているのではなくタイムトラベルによって過去に飛ぶという設定に、どういう意味があるのかということでした。ただの閉鎖空間における不可能犯罪ものでは終わらないはずです。

 さらには、事件を解決するために過去に来たはずなのに、すでに第一の殺人は起こっていたというズレがあります。マイスター・ホラの持っている情報との齟齬は何を意味するのでしょうか。

 のっけから誰にも犯行不能と思われるバラバラ殺人が起きるなど外連味たっぷりですが、外部から隔絶された状況下、逃げ場のない邸内で身内が残酷な殺され方をしたというのに、パニックも疑心暗鬼も悲愴感もなく、みんな淡々と捜査に臨みます。エグい人間ドラマにはせず、徹底したパズルであろうとするのが著者の意図なのでしょう。そこが物足りないといえば物足りないのですが、そのおかげでサクサク読めるのは事実です。

 やがて第二、第三の殺人が起こり、見立ての趣向が明らかになり、生きている登場人物も限られてきたなかで、いよいよ真相の一端が明らかになります。

 なるほど冒頭で感じた疑問にはやはりちゃんとした意味がありました。

 事件解決という目的には壮大な裏があったことが明らかになりますが、パズルというのは本格ミステリという約束事のなかだからこそ成立するのであって、SF要素を組み込むのであればもう少し説得力が欲しかったところです。淡々とした説明で人類滅亡にまで風呂敷を広げられても、あまりにも安っぽく感じられてしまいました。

 でもまあそこらへんはそういうものだと割り切ったうえで、いよいよ解決編です。

 専門家による検視ができない現場、タイムトラベルの存在、この古さと新しさの入り混じった状況によって、不可能だった犯行が可能となり、消去法によって犯人が絞り込まれてゆく過程は見事というほかありません。SFのルールにも縛られている以上は通常の本格ミステリより複雑であろうにもかかわらず、真相がすうっと頭に入ってくるのは、よい本格の証拠だと思います。

 第二の殺人の真相は、カーの名作を思わせるある設定が、不可能状況を成立させているだけでなく、見立ての必然性にも関わっていて、さすがミステリ研出身という完成度です。

 第四の殺人の真相。これこそ本書の白眉だと思います。限定されたルール下における、逆転の発想は、これぞミステリというべきものでした。

 最後はいい話で終わるので読後感もよいです。

 けれど本書にはとんでもない欠点があって、不可能犯罪がおこなわれた理由が、犯人がそういう人だったからというのは、さすがにひどすぎます。たぶん「不可能犯罪の帝王」とかの洒落なんだろうけれど。

 カバー袖にある「令和のアルフレッド・ベスター」という惹句は、文香がベスターの『The Stars My Destination(虎よ、虎よ!)』を読んでいたことに由来するのでしょうが、あるいは前回応募作『遠い星からやって来た探偵』がベスターっぽい話だったのかもしれません。

 瀕死の妻のために謎の声に従い、二〇一八年から一九六〇年にタイムトラベルした主人公・加茂。妻の先祖・竜泉家の人々が殺害され、後に起こった土砂崩れで一族のほとんどが亡くなった「死野の惨劇」の真相の解明が、彼女の命を救うことに繋がるという。タイムリミットは、土砂崩れがすべてを呑み込むまでの四日間。閉ざされた館の中で起こる不可能犯罪の真犯人を暴き、加茂は二〇一八年に戻ることができるのか!?

 “令和のアルフレッド・ベスター”による、SF設定を本格ミステリに盛り込んだ、第二十九回鮎川哲也賞受賞作。(カバー袖あらすじ)

  


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