『遠まわりする雛』米澤穂信(角川文庫)★★★☆☆

 『Little birds can remember』2007年。

 古典部シリーズ第四作は初の短篇集。すべて奉太郎の一人称に戻っています。英題はクリスティ『象は忘れない』のもじりですね。
 

「やるべきことなら手短に」(2007)★★★☆☆
 ――里志からひとりでに鳴るピアノの怪「神山高校七不思議 その二」を聞いた奉太郎は、教室に駆け込んできた千反田に「神山高校七不思議 その一」である秘密倶楽部の勧誘チラシを見つけようと誘いかける。木の葉を隠すなら森の中……という奉太郎の考えに従い、三人は昇降口前の掲示板に向かう。

 一学期の五月、『氷菓』事件の前、奉太郎と千反田がまだ出会ったばかりのころが舞台です。省エネ主義が崩れつつある萌芽が描かれています。里志に指摘されるまでもなく、肉体的な省エネを目論んだにしてもあまりにも迂遠で労力のかかる手段を選んでいるところに、千反田のペースに呑まれていつもと違うことを自覚している奉太郎の戸惑いのようなものを感じることができます。
 

「大罪を犯す」(2007)★★☆☆☆
 ――隣の教室から数学教師の尾道が黒板を叩いている音が聞こえてきた。反論している声は、信じられないことにどうやら千反田のもののようだ。厳格な尾道がどうしたことか授業の進み具合を間違えてまだ教えてもいない問題を解かせようとした挙句、当然ながら答えられないクラスメイトを罵倒し始めたのだという。

 一学期の六月。奉太郎に続いて千反田のキャラが掘り下げられています。謎と呼ぶのも大仰なほどのささやかな引っかかりに、とても現実的な解決がもたらされていました。
 

「正体を見たり」(2002)★★★☆☆
 ――『氷菓』事件解決の労をねぎらうため、千反田が温泉合宿を計画し、伊原のつてで無料で宿を貸してもらえることになった。バスに酔ったうえに湯あたりしてしまった奉太郎が寝込んでいるなか、千反田たちは民宿の娘と怪談に興じていた。その夜、千反田と伊原は、怪談にあったような首吊り人の影を見たという。

 『氷菓』事件解決後の八月の夏休み。さしてキャラが掘り下げられることもないのですが、強いて言うならよその姉妹の関係に焦点を当てることによって、奉太郎と姉との関係が浮かび上がって来るような来ないような。幽霊の正体はそれこそ枯尾花でしかないのですが、この作品のポイントは「Why」にあります。姉と妹の関係といい、幽霊現象を起こしてしまった行動【※ネタバレ*1】といい、現実にありそうな出来事でした。
 

「心あたりのある者は」(2006)★★☆☆☆
 ――千反田に『氷菓』事件のことを買いかぶられ、奉太郎は自分にはそんな能力はないと反論した。『十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい』。折りしもかかった校内放送の意味を推論し、そう簡単に理屈をくっつけるなんてできないことを証明しようとする。

 『氷菓』『愚者』『クドリャフカ』後の十一月。もとがそう都合よく行かないことを証明するためのゲームなので、多少強引なところがあっても構いません。米澤版「九マイルは遠すぎる」。
 

「あきましておめでとう」(2007)★★★★☆
 ――熊楠神社で巫女のアルバイトをしている伊原の冷やかしも兼ねて、千反田と初詣に来た奉太郎だったが、甘酒を造るための酒粕を取りに納屋に入ったところ、酔っ払いが納屋の閂を掛けてしまった。助けを求めて声をあげることはできるが、若い男女がそんな場所にいるところを見られてはどんな噂を立てられるかもわからない。今日のえるは千反田家の名代として神社を訪れている以上、そういった醜聞は避けたい。

 元ネタとなっている「十三号独房の問題」自体、密室からの脱出という不可能ものを期待するとがっかりするのですが、それを踏まえた本篇も当然ながら、如何にして外部の知り合いに連絡をつけるかが焦点になっています。これまでのキャラクターや物語が伏線として活かされています。奉太郎は意外と抜けているという里志のコメント通り、閉じ込められるきっかけは奉太郎の勘違いでした。
 

「手作りチョコレート事件」(2007)★☆☆☆☆
 ――中学時代、バレンタインのチョコレートを里志に「手作りではない」と言われて拒まれた伊原は、雪辱を期して今年もチョコレートを作った。だが千反田が部室から離れている間に、チョコレートは消えてしまった。責任を感じた千反田は奉太郎に助けを求める。

 さすがにこれはキャラクターとか主義・ポリシーの枠を越えて、狂人の論理みたいになっています。犯行機会ではなく動機に焦点が当てられています。
 

遠まわりする雛(2007)★★★☆☆
 ――千反田に頼まれて、生き雛行列の傘を持つ役を受け持つことになった奉太郎。だがどうした手違いからか、行列の予定路の橋が工事中だった。一度は中止された工事を再開させた者がいるらしい。誰が、何のために? それはそうと、狂い咲きの桜の下を歩く雛役の千反田の姿は……。

 雛とはその雛でしたか。一年生の終わり(というよりは二年生の始まりの)春休み。千反田が少し抑えが利くようになったのと、奉太郎の気持の変化が描かれています。奉太郎が自分の気持の変化に気づくきっかけとなるシーンが、犯人の犯行動機とも重なっていて、それが絵的にも優れているのがとても印象深いです。

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ネタバレ

 

*1姉にこっそり浴衣を着て祭りに出かけ、雨で濡れてしまったのをこっそり乾かしていた


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