『ルピナス探偵団の憂愁』津原泰水(創元推理文庫)★★★★☆

 『The Melancholy of Lupinus Detective』2007年。

 『ルピナス探偵団の当惑』の続編です。『当惑』から数年後、探偵団の一人である摩耶の葬儀という衝撃的な場面から幕を開けます。探偵の最後の事件を描いた作品は過去にもいくつもありましたが、文字通り最後に退場するのがほとんどでしょう。対する本書は最後の事件から幕を開け、過去に遡ってゆきます。
 

「第一話 百合の木陰」(2006)★★★★☆
 ――摩耶の葬儀の日。久しぶりに顔を合わせた彩子、キリエ、祀島の三人は、摩耶が夫・日影の一族から恨まれていることを知った。摩耶の我儘により、日影家の土地は市民公園になり、林の中に曲がりくねった細い道が作らていた。いったい、なぜ? キリエは摩耶から打ち明けられていた秘密を打ち明ける。

 何ものにも増して守りたかったもの。読者はもちろん彩子や祀島も知らなかった摩耶の一面が明らかになります。それはフェアアンフェア云々という話ではなく、高校という狭く短い世界ではたとえ親友でも知らないことの方が多いという現実にほかなりません。論理ガチガチの推理ではなく、摩耶という人間の個性を踏まえての蓋然性による推論は、他人である名探偵には決して解け得ない、友人だからこそできるものです。たとえ恨まれてでも守りたかったものが、最後のひとことでちゃんと叶えられたのだと実感します。
 

「第二話 犬には歓迎されざる」(2006)★★★★★
 ――歴史学石神井教授から誘われ、祀島と彩子は夕食にお邪魔する。教授宅の敷地のなかにさらにフェンスで囲まれた家があるという不思議な構造をしており、フェンスのなかでは犬が吠えていた。小説家の蒲郡が庭師も兼ねてその家を間借りしていて、犬が逃げ出さないための苦肉の策だという。石神井教授と祀島はドードーや妖精や強盗の話で盛り上がっていた。帰途、救急車が走ってゆくのを見た祀島は慌てて石神井家に戻った。すると蒲郡がバットで殴られ足を骨折していた。

 第一話で大学二年のときと書かれていた小説公募が去年のことと記されているので、彩子大学三年の出来事になります。蒲郡とは受賞パーティ以後に再会していたんですね。冒頭からペダンティックな会話が続きますが、ペダントリーの内容ではなく、ペダントリー自体が伏線となっていました。ペダンティックな会話そのものが人間性を明らかにし、真相を暗示していたとは。事件発生前から何かが起こるのを予想する神の如き名探偵ぶりを見せる祀島ですが、生物好きの祀島だからこそ気づけたことで、人は見たいものを見るという強盗の話が、犬の吠え声についての思い込みによって犯人自身にも跳ね返ってきているのが皮肉です。
 

「第三話 初めての密室」(2007)★★☆☆☆
 ――彩子が高校一年のとき、密室殺人事件を解き明かしたことがあった。現場の室内に防音ユニットを組み立て、密室が出来上がったのだ。四年後、合コンの席で聞き覚えのある名前を聞いた。あの事件の犯人の息子だ。事件当時は重視しなかった「事件の翌日にあの人を見た」というストーカーの証言を手繰ってゆくうち、事件の新たな構図が浮かび上がる。

 ストーリーもとっちらかっているし、そのせいでミステリとしての勘所も絞りづらくなっていて、卑怯な犯人を許さない摩耶のキャラクターを描くためだけの作品といった感じです。そうは言っても、「ふたりで可愛い家庭をつくってくれないかな。私、そこに遊びにいきたい(中略)みんなで高校時代のアルバムを眺めて、あんなことがあった、こんなことも、って話をするの」という摩耶の台詞には、これは卑怯だと思いながらもやはりうるっときてしまいます。そんな未来が来なかったことを、読者は既に知っているのですから。
 

「第四話 慈悲の花園」(2007)★★★★☆
 ――ルピナス学園の卒業式は、理事長が動物小屋で殺されて見つかったため延期になった。現場からは赤いワンピース姿の人物が逃げてゆくのが目撃されていた。そういえば入学当初、マリア像の一が動かされているのをキリエが疑問に思っていたことがあったが、祀島はたちどころにその謎を解いてしまう。そして何気ない摩耶の一言から祀島は真相に……。

 ミッションスクール(とそこに囚われた人間)ならではの犯罪が描かれていて、一種の観念の殺人ものです。ともすれば非現実的でしかない動機ですが、洗濯されたワンピースといった細部がそれを補強していました。ただの母校や探偵団のルーツであることを越えて、ルピナス学園という存在が特別な場所として自覚されていて、大人から遡って来たからこそその思いの大切さがわかります。何の変哲もない当たり前の約束が、第一話という未来に戻ることで特別な意味を持ち得ていました。

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 ルピナス探偵団の憂愁 


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