『そして夜は甦る』原尞(原リョウ)(早川書房ポケミス1930)★★★☆☆

『そして夜は甦る』原尞(原リョウ)(早川書房ポケミス1930)

 『...And the Night Falls Again』1988年。

 デビュー30周年を記念したポケミス版。文庫のカバーが変なイラストになってしまったこともあり、こちらを購入。まあ本書のイラストも充分ヘンなんですけど、ポケミスというブランドでこの絵ならアリでしょう。

 甦るというと起き上がるイメージですが、甦るのが夜なら「Fall」になるのかと、妙なところに感心しました。

 マーロウのチェスのプロブレムに対して囲碁、チャンドラーのひねくれた文体をなぞった物真似芸めいた譬喩と、オマージュというよりどうしてもパロディ色を強く感じてしまいます。

 笑いといえば、澤崎一人なのに渡辺探偵事務所というのは洒落が効いてます。無論その背景には重い事情があるわけですが。(著者の意向により探偵の名前が沢崎表記から澤崎に変更されています)。

 チャンドラーにあったシニカルな笑いと知性、マーロウにあったセンチメンタリズムは、本書の澤崎にはありません。ただただ行き当たりばったり(のように見える)私立探偵の仕事をこなしてゆきます。本来ハードボイルドとはこういうものなのでしょう。澤崎が韮塚弁護士を嫌っているのはわかりますが、そのほかのへらず口が本心かどうかもわからないので、その言動から読者が慮るよりほかありません。

 クセがないという意味では澤崎はマーロウというよりアーチャーを連想させる探偵でした。

 佐伯というルポライターが澤崎の事務所の電話番号を書き残していたことから、澤崎は会ったこともない佐伯の失踪事件に巻き込まれてしまいます。

 探偵事務所を訪れたきり姿を消した海部、同じく佐伯の行方を案じる妻一族、佐伯の調べていたらしき事件……それらはやがて一つの事件へと収斂してゆきます。

 名言や名シーンこそありませんが、テンポよく次々と新たな事実が明るみに出て来る、娯楽性の高い内容でした。少なくとも前半はこのテンポで読ませる作品だと思います。

 ところが終盤になってもたついてしまいます。海部の正体がわかってから、なぜか知事のところに大勢集まってグダグダとどうでもいい話を何ページにもわたって続け、ようやく動き出してからも、また説明、また説明……の繰り返しでした。

 結局、意外な犯人やどんでん返しをやろうと思っても、一人称の私立探偵小説では探偵にだらだらと説明させる以外にないので、意外性を演出しようとするたびに物語がぶつ切れてしまうということなのでしょう。

 狙撃事件の真犯人と事件の真相にせっかく意外性があるのに、ぐだぐだのあとなので驚くというよりげんなりしただけでした。錦織警部のぼやきだけが印象に残ります。

 そもそものきっかけともいうべき佐伯夫妻の離婚の遠因についても、あまりにも唐突で、家庭の悲劇を感じる間もありません。

 そして最後に、またチャンドラーの物真似で最終章の幕が閉じます。これで完全に台無しになっていました。

 石原慎太郎みたいな都知事を登場させたり、狙撃犯を著者と同じジャズ・ピアニストにしたり、この様子ではほかにも露骨なモデルがいるのでしょうね。

 西新宿の高層ビル街のはずれに事務所を構える私立探偵の澤崎のもとへ海部と名乗る男が訪れた。男はルポ・ライターの佐伯が先週ここへ来たかどうかを知りたがり、二十万円の入った封筒を澤崎に預けて立ち去った。かくして澤崎は行方不明となった佐伯の調査に乗り出し、事件はやがて過去の東京都知事狙撃事件の全貌へとつながっていく。伝説の直木賞作家・原りょうの作家生活三十周年を記念して、長篇デビュー作が遂にポケット・ミステリ版で登場。書き下ろしの「著者あとがき」を付記し、装画を山野辺進が手がけた特別版(裏表紙あらすじ)

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