『道化の町』ジェイムズ・パウエル/森英俊編(河出書房新社 河出ミステリー)★★☆☆☆

『道化の町』ジェイムズ・パウエル森英俊編(河出書房新社 河出ミステリー)

 『A Dirge for Clowntown and Other Stories』James Powell,2008年。

 ユーモア・ミステリ作家ジェイムズ・パウエルの日本オリジナル作品集。以前読んだときにはユーモアものばかりの河出ミステリーに食傷していたため点が辛くなりましたが、改めて読んでみるとそこまで悪くありませんでした。著者は意図的に狙って王道からハズしているのか、ただ単に下手くそなだけなのか、よくわからない強いクセのある作品が多いです。
 

「最新のニュース」白須清美(Have You Heard the Latest?,1967)★★★★☆
 ――「最新のニュースを聞いたかい? ドロシーのやつ、うちの管理人は国際的なゴミ箱の蓋窃盗団の首領だと思っているらしいんだ」それがジョージとドロシー・キャンベル夫妻のお決まりのジョークだった。だが、隣に越してきたロマンス作家に惚れられている、タイプライターの音でメッセージを送って来た……となると行き過ぎだった。

 再読。ロマンスまでならたまたまで済みますが、荒唐無稽だと思われた第一のニュースが「風が吹けば……」的ロジックによって現実となった瞬間、残された最後のニュースが現実(かもしれない可能性)となってジョージを襲います。軽めのジョーク/ホラーのようでいて、ニュースの内容や回収の順番などはきっちりと考え抜かれていることがわかります。
 

「ミスター・ニュージェントへの遺産」白須清美(A Banquest for Mr. Nugent,1994)★★★☆☆
 ――ポール・ニュージェントは非の打ちどころのない客だった。ミセス・ボウルズは、彼がなぜ訪ねてくるのか考えるようになった。最初は、何かなくなっているものがないかと目を光らせた。しかし、彼は何も持ち出すことはなく、謎は深まるばかりだった。それに、血のつながりは感じのいい人より大事にしなくては。やはり遺産は甥のチャールズに遺すことに考え直した。

 再読。ニュージェントが明らかに詐欺師にしか見えないので、新しい事実が出てきたことで老婦人が心を開いて隙を見せて、結局は騙されてしまうのではないかと最後までドキドキしながら読み進めました。ニュージェント、ミセス・ボウルズ双方の意図がわからないため、話の落としどころがわからず気が抜けません。【ネタバレ*1】という発想がユニークです。価値観は人それぞれとは言え、最後はハッピーエンドなのか皮肉なのかよくわかりません。
 

「プードルの暗号」白須清美(The Code of the Poodles,1990)★★★★☆
 ――去年逝去したトビーのおばのフローラは、全財産をプードルのピーチズのための信託基金とし、家政婦のベルグレーヴを後見人に指名した。トビーは遺言状の無効を申し立てようとしたが、犬の寿命は長くないし、結局は相続できると考えることにした。おばがピーチズがモールス信号を使って会話しようとしていると信じ込んでいた。確かによく見ると、ピーチズの仕種は意味を成していた……。

 再読。物言えぬ証人による告発というアイデアアイリッシュ「じっと見ている目」などにもあり、しゃべる動物というのが突飛と言えば突飛ですが、その実しっかりしたサスペンスになっていました。そこに優柔不断な若者と、脇役と思われた猫の執念深さを組み込み、意外な結末を演出しています。
 

「オランウータンの王」白須清美(The King of the Orangutans,1992)★★★☆☆
 ――次に出す絵本にすべてがかかっていた。重圧に悩まされている間、わたしは動物園に行き、オランウータンの檻のそばで気持ちを落ち着かせた。わたしは心の中でオランウータンに願った。そしていま、妻と写真家がいちゃつくパーティーを抜け出し、夜道を歩いていると、走ってきたバイクが転倒した。ヘルメットを脱ぐと、オランウータンだった。隣家に新聞を届けにきたようだ。「イグナティウス、享年五七。後継者としていとこのイグナッツの名が挙げられている」。イグナッツ。わたしのことを嫌っている隣人だ。

 再読。世の理を司るオランウータンの代替わり――どこからそんな発想が出て来るのか、奇想がほとんど狂気の域に達しています。実際、オランウータンの王制が現実のことなのか語り手の狂気なのかは最後までよくわかりません。代が替わっても願いの成就は続くのかどうか――という危惧を無効化する予想外の展開ですが、幽閉されて祀り上げられるというのは宗教のあるべき姿かもしれません。
 

「詩人とロバ」白須清美(The Talking Donkey,1987)★★☆☆☆
 ――古代ペルシアの愚かな王様が、かわいがっているロバに言葉を教えた者に莫大な金を与えるといったお話を、お聞きになったことがあるでしょう。詩人のアブ・ネスラディンが玉座の前に進み出ると、ロバに言葉を教えると宣言しました。訓練に十年がほしい、また訓練に専念できるように金貨を下しおかれるよう求めました。「十年後、ロバがしゃべらなかったら、すべてをおまえの血で返してもらおう」。「十年の間には、王かロバか私が死ぬかもしれない」詩人は楽観視していました。

 民話のような作風で、機知を期待すると裏切られますが、頭の悪いお調子者が理由もなく成功する「イワンの馬鹿」あたりだと思えばよいでしょうか。それで終わっていれば普通の話なのですが、最後に踊るロバを登場させてしまうところが著者の持ち味なのでしょう。
 

「魔法の国の盗人」白須清美(The Thief of the Fabulous Hen,1973)★★★★☆
 ――国王の長指ラウルは魔法を毛嫌いしていた。巨人殺しのジャックは追放され、金の卵を産むめんどりは王にとりあげられ、ガラスの塔に閉じ込められていた。塔の下には竜が番をしていた。三年後……魔法のめんどりが盗まれた。めんどりを取り戻した者には国の半分とユタ姫を与えるという布告に、トムという若者が名乗りを上げた。期限内に見つけなければ首を斬られてしまう。トムは探偵調とともに、魔法を使ったらしい犯人を捕まえようとする。

 童話づくしの作品で、魔法の道具を使った本格ミステリになっていました。ここにある道具を用いて犯行を再現せよという三題噺のようでもありますね。きちんと童話が伏線になってミステリ的な逆転の発想が用いられているところが評価できます。歌うハープが迷路からの帰り道をたどる方法になる、というのがよくわからなかったのですが、音をたどればよいということでしょうか……? 松葉杖云々というのも一読しただけではわからなかったのですが、靴(足)ではなく松葉杖で一歩進んだということでしょう。
 

「時間の鍵穴」白須清美(A Keyhole in Time,1993)★★★☆☆
 ――ホガースの父親は銃が暴発して死に、猫を探しに来た母親は樹上の小屋から落下した、とされている。そして二十五歳の春、ホガースの許に二人の男女が現れた。「セールスはお断わりだ」「われわれははるか遠くから来た。きみは殺人的傾向の強い人間だ。その銃はいとこのエドガーを殺すためのもので、エドガーとジャニスの結婚に嫉妬したきみはエドガーを殺そうとするができなかった。それから二十五年後、貯め込んだ憎しみをエドガーにぶつける。だが殺るならいま殺りたまえ」

 未来を変えるために過去のある人物を殺す――というのはもはや定番ですが、その行き着く先は著者らしい奇想天外なものでした。この人の場合、意外性があるというよりはピントがずれているんですよね。死後の名声を約束されて納得するというのがそもそも説得力に乏しいので、優生思想の暴走した未来を変える選択にも今いちすっきりしないものが残ります。
 

「アルトドルフ症候群」白須清美(The Altdorf Syndrome,1969)★★★☆☆
 ――ヘリコプターの同乗者は、二百年にわたって盗まれた宝石の行方を捜していると話した。ドイツ、アフトドルフの公爵は、夕食のあと客たちとダイヤモンドで“ピン探し”を始めました。小さなものを隠しておき、部屋の外に出ていた人にそれを見つけさせるのです。ところがいつの間にか宝石は偽物にすり替えられていました。身体検査をし、堀をさらい、部屋中を分解しましたが、見つかりません。

 消えた宝石の在処を探すミステリですが、わざわざ二百年前の出来事にしたのは、社交パーティ的な舞台と禁酒法のネタ【※ネタバレ*2】を両立させるための苦肉の策でしょうか。ただの著者の趣味かもしれませんが。しょぼいトリックだなあ、と思わせたあとで、改めてタイトルの意味に言及されるのは上手いです。
 

「死の不寝番」白須清美(The Vigil of Death,1982)★☆☆☆☆
 ――棺の中で心臓に杭を刺されて殺される事件が相次いでいた。三代目のアンブローズ・ギャネロン探偵が次の被害を食い止めるべく急ぐが、間に合わなかった。トランシルヴァニアのヴラッドンという女性によると、祖父がやったのだという。

 四代にわたるギャネロン探偵ものの一篇とのこと。解説によれば初代が安楽椅子、二代目が科学捜査、三代目がハードボイルド、四代目が天才だそうです。一応のところは吸血鬼と吸血鬼ハンターをめぐる事件のように描かれていますが、怪奇ムードが皆無なのでただただ設定が空回りしています。
 

「愚か者のバス」白須清美(The Dunderhead Bus,1985)★★☆☆☆
 ――どの組織にも無能力者がいた。任務成功の喜びを知らない彼らにそれを味わわせてやろうじゃないか。バスがトンネルをくぐるあいだに、馬鹿の集まりにも遂行できるような任務を与える。使命を果たして帰途についている輝かしいそのとき、バスが山峡に突っ込むのだ。

 役立たずのスパイをまとめて暗殺してしまおうという計画が各国諜報機関の集まりで可決され、カナダ警察からはシリーズ探偵のはずのメイナード・ブロック巡査部長が選ばれた、というハチャメチャな内容です。ところがその会合の一部分だけをアルバニアのスパイが盗聴していたことから、わざわざ殺さなくてももうすぐ死ぬはずの役立たずのスパイたちを、アルバニアのスパイが殺してまわるという、無茶苦茶な展開でした。犯人のことを唐突に地の文で「アルバニア人」と書くことで真相を示唆しているだけなのが不親切です。
 

「折り紙のヘラジカ」白須清美(The Origami Moose,1986)★☆☆☆☆
 ――五人の相続人候補のうち夜明けまでにただひとり生き残りがいれば全財産を相続し、二人以上が残れば全額が寄付される。そんな遺言による殺し合いを避けるため、騎馬警官のブロックが同席することになった。だが……。

 警官がいようがいまいが虐殺以外の選択肢がないオバカな遺言の顛末は、みんな狂人だったでめでたしめでたしという理解不可能な結末を迎えます。
 

「道化の町」宮脇孝雄(A Dirge for Clowntown,1989)★★☆☆☆
 ――クラウンタウンの道化師バンコがカスタード・パイを顔に受けて死んだ。パイに毒が入っていたのだ。顔についたパイを手でぬぐって口に入れる古くさい「ごちそうさま」ネタが命取りだった。

 道化は常に赤鼻をつけ、誰かがボケればわざとらしくずっこけ、マイムは無言でジェスチャーをするという、役割そのままに生きなければならない架空の町が舞台の異世界ミステリです。「月の蛾」みたいなファンタジーでもなく、探偵小説的な田舎の因習や旧家のしきたりでもないところが、作家性でしょう。ただしクラウンタウンという異世界の設定を受け入れてしまえば、真相は普通のミステリの理屈でしかないのがつまらないと思います。

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*1交換殺人ならぬ交換遺産相続

*2岩塩の溶ける時間で浮力を調整して水中に沈めて隠した

 


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