『榲桲(マルメロ)に目鼻のつく話』泉鏡花/中川学(河出書房新社)
中川学による泉鏡花絵本シリーズ第4段。
泉鏡花のあの独特のリズムの文体ではなく、語り手の知り合いの中尉・乾三が子どもの頃に体験したという話が、ごく普通の平易な文章で綴られています。
頭のおかしい近所の爺に戦々恐々としながらマルメロの実を拾いに行くという、少年時代の何のこともない風景も、文章に見合うごく普通の内容でした。
それが不穏な空気に変わるのは、乾三の友人・鐵公が女役者殺しの妄想を口にしだしてからです。それでもその時点では、死体をマルメロの木の根元に埋めたというのは妄言だと相手にしません。
けれども一人でマルメロを拾いに行き、噛み跡が目鼻に見えたマルメロを神主に献上したところで空気は一変します。「翌日來ませ、童子、御褒美を取らせまする。」。別の次元から現れたかのような雅な言葉遣いによって異空間に引き込まれ、やがて少年は大人の世界を垣間見ることになります。
泉鏡花記念館の職員からこの作品を薦められた中川氏が戸惑ったというエピソードが紹介されている通り、妖怪も動物も出てこない本書はこれまでの作品と比べると絵本としての魅力に乏しいのは否めません。クライマックスの音羽の目が死んでいるところはリアルですし、隠居爺が妖怪のように描かれているのにも笑っちゃいましたが。
――今日は此の家に居り侍り、御方様たちおなぐさみ。――暗闇坂にある榲桲の樹の奥、古い武家屋敷には秘密が隠されていた。そして向かい合う懸札の家で行われる大人たちの閉ざされた逸遊嬉戯。あの少年の日々、一人の少女をめぐるすべてが妖しく謎めいていた。(帯あらすじ)
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榲桲に目鼻のつく話