『ネルーダ事件』ロベルト・アンプエロ/宮崎真紀訳(早川書房 ポケミス1883)★★☆☆☆

ネルーダ事件』ロベルト・アンプエロ/宮崎真紀訳(早川書房 ポケミス1883)

 『El caso Neruda』Roberto Ampuero,2008年。

 私立探偵カジェタノ・シリーズの第6作にして代表作。カジェタノ最初の事件です。依頼人ノーベル文学賞も受賞したチリの国民的詩人パブロ・ネルーダキューバ人の友人である医師を、同じキューバ人であるカジェタノに探してきてほしいと頼まれます。

 ネルーダは私立探偵としてほぼ素人のカジェタノに、シムノンのメグレものを読んで探偵とはどんなものかを覚えるよう命じます。この時点では果たして本気なのか皮肉なのか赤毛連盟パターンなのかわからないのですが、確かにメグレものには聞き込みをしているうちにいつの間にか真相が明らかになっているようなところがあるので、人捜しのハードボイルドにはうってつけかもしれません。

 実在の詩人ネルーダは、社会主義政権の政治家としても活躍しながら病に倒れ、軍事独裁クーデターによって排斥されるという生涯を歩んだ人物で、本書はそのクーデター直前の時代が舞台なので、当然ながらネルーダは病に冒されています。死期が近いのが依頼の理由の一つでもありました。本書ではネルーダは女にだらしないクズとして描かれています。

 やがて医師探しが終わり結果報告をするカジェタノに対し、ネルーダは意外な事実を打ち明けます。意外といってもクズエピソードが増えただけなのでさして意外ではありませんし、大物にはありがちな話です。けれど依頼する理由がまたクズな理由【※ネタバレ*1】であり、徹底してクズであるという点では筋が通っていました。とは言えこの時点では打ち明け話が事実かどうかも怪しいところではあったのですが。

 それにしても、クズかどうか以前に、このネルーダの造形はひどいですね。むやみやたらと詩的な表現をつぶやくステレオタイプな詩人キャラで、ノーベル賞作家も形無しです。

 結局、依頼にそれ以上の裏はなく、後半はただただネルーダの独りよがりで個人的な事情のために人捜しが続けられることになります。行く先で秘密警察らしき人物に脅されたりはするものの、基本的には行き当たりばったりに都合よく人づてに相手をたどることができ、なぜかロマンスもあり、どんどんつまらなくなってしまいます。

 かつての不倫相手やカジェタノの元妻が政治のために闘っているのに対し、ネルーダは大使の任務からも逃げ元妻たちも捨ておいていつまでも昔のことを引きずっているしょーもない抜け殻です。そういう対比こそあるものの、ドラマチックでも何でもなく本当にただの駄目な人に過ぎません。チリの偉人の人間的な部分を暴くということなのでしょうけれど、日本人にはどうでもいい話でした。

 いい話でも何でもないはずなのですが最後がいい話ふうに終わるのも気持ち悪く感じました。前半の雰囲気はよかったんですけど。

 南米チリで探偵をしているカジェタノはカフェで、この稼業を始めるきっかけとなった事件を思い出していた。それは1973年、アジェンデ大統領の樹立した社会主義政権が崩壊の危機を迎えていた時のことだった。キューバからチリにやって来たカジェタノは、革命の指導者でノーベル賞を受賞した国民的詩人ネルーダと出会い、ある医師を捜してほしいと依頼される。彼は捜索を始めるが、ネルーダの依頼には別の目的が隠されていた。メキシコ、キューバ東ドイツボリビアへと続く波瀾の調査行。チリの人気作家が放つ話題作。(裏表紙あらすじ)

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*1 障害持ちの娘など娘ではない。不倫相手に産ませた健常な娘を探して来て欲しい。娘こそ永遠の命なのだ。

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