『オルレアンの少女《おとめ》』シルレル/佐藤通次訳(岩波文庫)
『Die Jungfrau von Orleans』Friedrich Schiller,1801年。
『ヴィルヘルム・テル』のシラーによる、戯曲ジャンヌ・ダルクです。
百年戦争で劣勢のフランス、豪農アルクのチボーは、娘のジャンヌが玉座に坐っている夢を見た。戦乱が始まる前に娘たちを結婚させようとしていたチボーだったが、農夫がもらってきた兜を見たジャンヌは、神の声を聞いて戦に赴く。もはや諦めて覚悟を決めていた太子(のちのシャルル七世)たちのもとに、フランス軍勝利の報せが飛び込んで来る。突如現れた一人の少女が旗を奪って陣頭に立つと戦局が変わったのだという。その後ジャンヌはマリヤの描かれた旗を持ち、出会ったイギリス人は全員殺すと誓ったが、戦場で相対した敵将ライオネルに一目惚れしてしまい……。
あらすじからだとどんな人間くさいジャンヌなのかと思いましたが、むしろジャンヌの聖性は揺るぎないものとして描かれていました。信仰に疑いを持たぬがゆえに、神との誓いを破って敵を殺せなかったことを神への裏切りだと感じ、もはや神の使いとして戦う資格はないと思い詰めてしまう、その真っ直ぐさこそが、ジャンヌの魅力でしょう。
もはや自分の知っている娘とは別人となってしまったジャンヌを父親が告発すると、ジャンヌを信じる人々が、ジャンヌ自身の煮え切らない態度により、一人また一人と離れていってしまう場面は、一人去るたびに「まだ間に合う――」と祈るように思いながら読んでいました。歴史なんて変わるわけもないのに。
黒色の騎士という謎めいた存在が予言めいたことを告げて去っているので、いっそうのこと避けられぬ悲劇を予感させます。
ところがここから、ちょっとしたアレンジどころではないほど史実とは大きく異なる展開が起こります。
同じく悲劇ではありながらも、捕まって火刑に処されてしまうという運命ではなく、聖女として死ぬ運命を著者はジャンヌのために用意していました。シラーの美意識の賜物でしょう、何よりも崇高なジャンヌでした。
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