『模像殺人事件』佐々木俊介(東京創元社)★★★☆☆

『模像殺人事件』佐々木俊介東京創元社

 2004年刊行。

 1995年の鮎川賞佳作『繭の夏』に続く著者の第二作です。

 元推理作家・大川戸が迷い込んだ山奥のお屋敷・木乃家では、包帯姿の男が二人対峙していました。我こそは数年前に家を出た長男の秋人だと主張して譲りません。過去の出来事に答えられず一人が姿を消し、真贋は決したかに見えましたが……。

 露骨なまでに探偵小説然とした内容ですが、いわゆる探偵小説的なおどろおどろしさは皆無なので、とっつきやすいです。呪われた一家と噂を立てられているものの住んでいたのはごく普通の家族であり、次男の美津留も大川戸と気さくに話し合うような人柄でした。

 真相を知ってみれば、この周囲に疎まれている一家という設定がトリックにとって必要だったことがわかり、なるほど呪い云々は雰囲気作りではなくトリックのためだったのかと納得しました。

 長女の佐衣から助けを求める手紙を受け取った郵便配達の睦夫は、そのことが忘れられず後日木乃家を再訪します。大川戸は睦夫から、木乃家の母親は数年前に死んでいることを知らされます。では包帯男が会ったという母親は誰なのか――。本物の秋人なのであれば、母親が別人であることに気づかなかったのか――?

 どちらが秋人だとしても矛盾が出るという図式は謎めいていてわくわくしました。

 そして殺人事件が起こり、犯人が自殺して、大川戸の手記は終わります。

 犯人が判明して事件が終わっている以上、「誰が殺したか? いかに殺したか? 俺が考えるに、問題はそんなところにはない。俺がお前に委ねたい設問はただこれひとつさ。その屋敷でいったい何が起ったのか?」ということになるわけです。

 大川戸の手記を読んだ病床のTと友人の啓作がベッド・ディテクティヴを演じるわけですが、表向きは事件が解決しているため行方不明の少女を探すことが目的です。ここに至って冒頭の睦夫に手渡された手紙がリンクしてくるところが巧い構成だなと思います。

 真相は大がかりかつ複雑なものでした。大トリックのわりにインパクトが小さいのは、複雑すぎるためトリックではなくロジックで絵解きしているからでしょう。

 ブルゾン男が誰なのかを特定する単純すぎる盲点など、個人的には感心しました。【※ネタバレ*1

 真相を見破れた読者でも、「一人足りない」のには頭を悩ませるかもしれません。一人足りない真相はアンフェアギリギリのところで【※ネタバレ*2】、そこらへんは○○トリックが大好きと公言していた(著者ブログ)著者が、第五作『紫蘭の花咲く頃』で改善してもっとうまく処理していました。

 タイトルが地味で損してますよね。

 これで著者の長篇作品はすべて読み終えました。未完の『冥路の果』を除いて順位をつけるなら、1『繭の夏』、2『紫蘭の花咲く頃』、3『模像殺人事件』、4『魔術師』、5『仮面幻戯』となります。

 予定外の休暇を利用した今回の遠出が、かくも恐ろしい事態への道行になろうとは思いもしなかった。何しろ、三十余年の人生において、殺人事件に関与したのも初めてなら、他殺体に触れるのも初めての経験である。いまも私の両手には、抱えあげた遺体の重みがはっきりと残っており……

 木乃家の長男・秋人が八年ぶりに帰郷を果たした。大怪我を負ったという顔は一面包帯で覆われている。その二日後、全く同じ外見をした"包帯男”が到着、我こそは秋人なりと主張する。二人のいずれが本物ならんという騒動の渦中に飛び込んだ大川戸孝平は、車のトラブルで足止めを食い、数日を木乃家で過ごすこととなった。

 日頃は人跡稀な山中の邸に続発する椿事。ついには死体の処理を手伝いさえした大川戸は、一連の出来事を手記に綴る。後日この手記を読んだ進藤啓作は、不可解な要素の組み合わせを説明づける「真相」を求めて、ひとり北辺の邸に赴く。

 しかし啓作、難題は難題だよ。誰が殺したか? いかに殺したか? 俺が考えるに、問題はそんなところにはない。

 俺がお前に委ねたい設問はただこれひとつさ。その屋敷でいったい何が起ったのか?(カバー袖あらすじ)

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 *1警察が不審を抱かなかったということはブルゾンについている血はブルゾン男本人のものであり、ゆえにブルゾン男=謎の男=秋人である。

 *2家族全員が入れ替わっているなか、美津留と入れ替わっていたのはまったくの第三者だった。

 


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