『福家警部補の追及』大倉崇裕(創元推理文庫)★★★☆☆

『福家警部補の追及』大倉崇裕創元推理文庫

 『Enter Lieutenant Fukuie For Checkmate』2015年。

 福家警部補シリーズの第四集は中篇2編が収録されています。
 

「未完の頂上《ピーク》」(2014)★★★★☆
 ――狩義之は十キロのザックを背負って石段を登り中津川邸に入った。「秋人君の事業から手を引かせてもらう。君がやらせようとしている登攀計画はただの自殺行為だ」。スポンサーを降りようとする中津川を、狩はウレタンでくるんだ石で殴り、死体を本人の背負子に入れて中津川の車で倉雲岳を目指した。崩落痕から死体を落とし、中津川の服に着替え、夜が明けると登山客にその姿を見せて山に登った。

 軍手の泥や靴についた土など犯人のミスもあるものの、病んでる系の不倫女の痛い言動によって疑惑のとっかかりをつかまれ追い詰められてゆくのはちょっとなあ……とげんなりしながら読んでいたのですが、実は状況証拠によって追い詰められるという形が必要だったことがわかります。状況証拠で追い詰めるということはつまり、理論上は同じ状況にある人間を等しく追い詰めることです。犯人は自らの疑いを晴らすためのロジックによって他者の疑いを強めることになってしまったうえに、(あるはずのない)物的証拠まで突きつけられて絶体絶命に陥らされることになります。犯人の追い詰め方も倒叙の魅力の一つであり、今回はそうきたか、という感じです。犯人を追い詰めるためなら恐ろしく残酷なことでも平気で実行する福家の執念が印象に残ります。
 

「幸福の代償」(2015)★★★☆☆
 ――千尋は頼まれていたダックスフントを用意してきた。だが健成は約束だった土地の売却を考え直すつもりはなかった。もとより悪徳ブリーダーの健成を許すつもりはない。棚の上のトロフィーで何度も殴りつけ、流れている血を用意してきたスポンジに浸した。健成の彼女である二三子にはあらかじめ吹き込んでおいた――自殺したふりをすれば健成は心から心配してくれると。睡眠薬で二三子を眠らせ、書かせておいた偽の遺書を置き、スポンジの血を手につけ、最後に有毒ガスを発生させた。

 中篇2篇どちらの犯人も頭がよく肝も据わっているため、福家に何かを指摘されてもあたふたしたりはせず、さりとて自分から仕掛けるわけでもなく、ボリュームのわりには物足りなさを感じてしまいました。犯人を追い詰める手段ももっとも古典的なやつですし。2篇ともクライマックスで犯人の大事な人間が事件にかかわってきますが、本作の大事な人間があの選択肢を選んだからこそ、福家には古典的な手段しか残されていなかったとも言えるでしょうか【※ネタバレ*1】。福家の犬嫌い(本人曰く、嫌いではなく苦手)という意外な弱点が判明します。

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 福家警部補の追及




 

 

 

*1 犯人の犯行に気づきながらも犯人と動物たちのために偽証を決意する。

*2 

 


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