『アンチクリストの誕生』レオ・ペルッツ/垂野創一郎訳(ちくま文庫)★★★★☆

『アンチクリストの誕生』レオ・ペルッツ垂野創一郎訳(ちくま文庫

 『Herr, erbarme Dich meiner!』Leo Perutz,1930年。

 後の版には「Pour avoir bien servi」という短篇も追加収録されているようですが、恐らくは初版を底本にした本書には未収録です。
 

「「主よ、われを憐れみたまえ」」(Herr, erbarme Dich meiner!,1930)★★★★☆
 ――ロシア内乱時代、ジェルジンスキーは秘密警察の議長だった。レーニン暗殺未遂があり、ツァーリの軍隊で将校だったものは出頭を命じられた。このなかにヴォローシンという暗号解読局長だった者がいた。暗号化された電信がモスクワで傍受され、ツァーリ時代の暗号を知るヴォローシンに解読が命じられたが、ヴォローシンはそれを拒み、処刑前に妻と子に会いに行くことを許された。手紙には返事もなく、若い男と仲良くやっていると風の便りで聞いていたが……。

 話がどういう方向に転がってゆくのかわからないのは単にペルッツの手癖という気もしますが、すべては神の決めた定めの通りなるべくようになると考えれば、この作品に相応しい敢えての構成とも思えます。
 

「一九一六年十月十二日火曜日」(Dienstag, 12. Oktober 1916,1919)★★★☆☆
 ――予備役伍長ピヒラーは前哨隊を指揮中に負傷し、ロシア軍の捕虜となった。外の世界からは隔てられていたので、ピヒラーは完全に己の内にこもった。初等ギムナジウム時代のラテン語を駆使して読みものが欲しいと医者に伝えると、新聞が投げこまれた。ウィーンの新聞で、日付は一九一六年十月十二日だ。ピヒラーはその新聞を毎日繰り返し読んだ。

 掌篇。自分だけの世界に陥らざるを得なかった人間の物語。言葉が通じないし読めないつらさには想像を絶するものがあります。
 

「アンチクリストの誕生」(Die Geburt des Antichrist,1921)★★★★★
 ――かつてパレルモジェノヴァ者と呼ばれていた靴職人がいた。モンテレープレに住む司祭の家政婦と出会い、しばらく二人は仲良く平和に暮らしていた。夜中に女房がふと目を覚ますと、亭主のベッドはもぬけの穀だ。坊主のような男と剣を持った男と顔に火傷のある黒服の男が亭主と話し込んでいた。盗品の売買だと思った女房が亭主を問い詰めると、亭主は弱みを握られている事情を伝えて昔のことを打ち明けた。人を殺してガレー船から逃げてきたのだ。神さまの御心にかなう善いことをすればいいと諭す女房だったが、亭主はあるとき夢を見た。生まれる子どもはアンチクリストだという……。

 以前同人版が刊行されていました。アンチクリストの意外な正体もさることながら、予言をはじめとしたロマンあふれるコテコテの要素にしびれます。信仰心はないのに予言は信じてしまう亭主に、リアルな人のいい無知なおっちゃんの感じが出ていてたまらなくなります。学のある(と思っている)人の言うことを信じちゃうひとは現実にいますからね。聖書の記述という“証拠”もあり、信仰心のある女房も洗礼者ヨハネと聖書作者ヨハネの区別がついていなくて、どんどん不幸に向かって進んでゆくのが悲しい。アンチクリストの正体はロマン溢れる本作に相応しいロマン溢れる人物でした。
 

「月は笑う」(Der Mond lacht,1914)★★★★★
 ――わたしとサザラン男爵が話に興じているうち暗くなってきました。「気味の悪い晩ですね」と男爵が言います。「美しい夜じゃありませんか。雲ひとつない」「ええ、雲ひとつなく、月が下界をにらんでいます。わたしは病を受け継いだ。わたしは月が怖いのです」。男爵の曾祖父は戦場で月に照らされて撃たれました。サザラン大佐は二時間にわたり満月を狙って発砲させました。ただし医者は男爵の発作にさして興味を示しませんでした。それからまた別の満月の夜、まだ帰ってきていない男爵夫人が月の下で馬車を走らせるのを厭いました。

 アンソロジー『書物の王国 月』にも収録されていた名作の新訳です。神経症の発作と、その由来に関する言い伝えを信じ込んでしまう妄想との組み合わせ、というのが現実的な解釈であって、超自然的な要素などないはずなのですが、恐ろしさは一級品です。地の文ではなく、語り手がわざわざ「事件の一部始終を組み立て直して」みているのは冷静に考えると可笑しいのですが、その部分がいちばん怖いのも事実です。シャーロット・ギルマン「黄色い壁紙」のような怖さがありました。
 

「霰弾亭」(Das Gasthaus zur Kartätsche,1920)★★★★☆
 ――フワステク曹長が軍用小銃で己を撃ったとき、銃弾はすぐには止まらずあれこれの災厄を独力でもたらした。曹長は日中は陰気で無愛想で、黙々と任務をこなしていたが、夜になると本領を発揮し、踊り、歌い出す。当時仲のよかったわたしは、曹長の宿舎で若い頃の写真を見つけた。美しい娘が一緒に写っていた。わたしはこの娘を知っている。とつぜん嫉妬の憎しみが湧いた。「親密な間柄だったんでしょうか」「親密だと! 覚えておけ、最上の友ですら隣に立つにすぎない」。数日後、その女性と再会するとは思いも寄らなかった。

 冒頭で描かれた執拗な弾丸の軌跡は、ガルシア=マルケス百年の孤独』や「予告された殺人の記録」のように、定められた運命を強調しているかのようです。かつて自殺を図るきっかけとなった女性と再会することで、過去が甦り、曹長は己を撃つ銃弾に倒れます。規模の大小さえ違えば、よくあること、なのだと思います。十八歳の若造の視点なので何やら大仰で怪奇めいていますが、曹長からしてみれば必然だったのでしょう。
 

「ボタンを押すだけで」(Nur ein Druck auf den Knopf,1930)★★★★☆
 ――このルカーチ・アラダーがハンガリーには恐くて帰れないからニューヨークにおるとでも? 噂では、わしがケレティ博士を撃ち殺したというんです。博士は脳卒中で死んだと鑑定書にも書いてある。あるいはわしは博士を殺――いや、命を呼び出したのかもしれん。とたえるなら、わしはボタンを押したんです。名門出の女房に言われて教養を身につけるため、いろいろな教養を積んだわしは、降霊会にも参加することになりました。

 さて実際に起こったことは何だったのか。語り手の言うことを信じるならば、よくある降霊会ホラーです。一方、噂通り博士は射殺されていて、女房が語り手を習い事に追い出して博士と密会していたことに気づき、語り手がことに及んだ可能性もあります。あるいは降霊会自体は本当で、惨劇の場で浮気現場を目の当たりにして正気を失ったのでしょうか。
 

「夜のない日」(Der Tag ohne Abend,1924)★★★☆☆
 ――チェス中に勝負を放り投げて追い始めた思考が、高等数学の領域へ彼を導くこともたびたびあったが、ジョルジュ・デュルヴァルは発想をわざわざ書きとめたことは一度もなかった。一九一二年に入ると学問とは完全に縁を切った。〈運命〉がデュヴァルとその行く末を思い出したのは、そんなときだった。レストランで夕食をとっているとき、断りもなくステッキと手袋の載った椅子を持っていこうとした客と揉め、決闘することになった。

 知られざる天才の話。実際、埋もれたまま消えてゆく天才も多いのでしょう。
 

「ある兵士との会話」(Gespräch mit einem Soldaten,1918)★★★★☆
 ――バルセロナで、鷗にパン屑を投げているスペイン兵士にカテドラルへ行く道をたずねた。カタロニア語はわたしには少ししかわからない。だがこの若い兵士はスペイン語カタロニア語も使わず、何度か短く、しかし驚くほどの表現力で手を振って、行き方を教えてくれた。この若いスペイン兵は口がきけなかった。

 口が利けないからこそ、言葉にならないからこそ、表現されないことで表現される「憤怒と悲嘆と激昂」が強く心に残ります。

  


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