『戦時大捜査網』岡田秀文(東京創元社)★★★★☆

『戦時大捜査網』岡田秀文(東京創元社)★★★★☆

 昭和十九年十一月、B29爆撃機による三度目の空襲に東京が見舞われた直後、隅田川沿いの倉庫で猟奇死体が見つかった。腹を割かれ内臓を引き出され、胃の内容物が持ち去られていた。死体が男装した女性のものだったころから、当初は変態行為をおこなう夜の女かと思われたが、該当する人間は見つからなかった。戦時下ということもあり捜査に人員を割けぬなか、警視庁特別捜査隊隊長の仙石は捜査一課長の杉原から最後通牒を突きつけられた。

 そんななか第二の事件が起こり、中学校教師の中村弘次が同じく腹を割かれて発見され、谷中署との共同本部が設置された。中村はかつて特高の取り調べを受けていたことが判明し、当時の関係者への捜査が開始された。だがそれを特高に嗅ぎつけられ、捜査権を奪われそうになる。杉原の駆け引きによりどうにか特高との共同捜査が実現するなか、もう一つの殺人事件が明らかになる……。

 戦時下という異様な空気のなか、特捜隊が猟奇事件に挑む『帝都大捜査網』の続編……と言ってもいいのかどうか、時代も進み特捜隊も代替わりしています。

 焼夷弾に対するバケツリレーに懐疑的であるというまっとうな意見を持つことすら反動的と見なされ、冷静な戦略考察すら軍部と対立していれば反体制と見なされる世界です。

 通常であれば体制側と見なされるはずの警察ですら満足な捜査はままなりません。一つには徴兵による捜査員不足であり、一つには捜査よりも治安維持が優先される当時の世相です。

 これは正直、面白いと感じました。時代の空気を描いていると同時に、ミステリの効果にも不可欠な要素となっているからです。捜査員不足である以上、他部署と協力せざるを得なく、広域かつ多様なタイプの犯罪を扱うには効果的です。三件の殺人事件の一件を組織犯的、二件を猟奇犯的に設定することで、組織犯とは断定できないがために特高に事件を横取りされることもなく、またミステリとして動機や犯人像が見えないという効果も生んでいます。

 繰り返される空襲により死が身近なものとなっているなか、容疑者たちの動行と空襲との奇妙な一致という謎も生まれていました。

 もちろん群像劇としての見どころもあり、主人公である特捜隊隊長仙石のほか、人手不足で吹奏楽隊出身から配置転換された三輪間、直感像記憶を持つ電話番兼雑用係の少年警察官西野、いかにも悪の親玉ふうの特高課長葛城、同じく特高ではあっても冷静な五十嵐など多彩な人物が登場しています。

 特高どころか陸軍や憲兵隊まで出てきて、みんな物わかりがよすぎるきらいはありますが、そもそもが真犯人の描いた絵図面のうちだったのであればある程度はスムーズに進むのも計画のうちではあったのでしょう。

 真犯人の思想は実はありふれたもので同じ考え方をする人はどこにでもいそうですが、戦争(と輿論と新聞と軍部の精神論)という状況が整ってしまったせいで、極端な方向に走らざるを得なかったという側面はあります。そのせいで【ネタバレ*1】という逆説みたいな事態が起こってしまったわけですが、似たようなロジックは現実でもままあることではあります。

 東京大空襲の残酷さもたっぷりと描かれていて、真犯人の思想を冷静な作戦として現代にいたるまで飽きずに繰り返しているのがアメリカという国なのだなあとしみじみ思いました。

 [amazon で見る]
 戦時大捜査網 




 

 

 

*1 (大多数の)国民を守るために(一部の)国民を殺す

 


防犯カメラ