『傷痕』桜庭一樹(文春文庫)★★★☆☆

『傷痕』桜庭一樹(文春文庫)

 巻末の参考文献を見てもわかる通り、マイケル・ジャクソンをモデルにしたキング・オブ・ポップを取り巻く人々をめぐる連作長篇です。マイケルは日本に移植され、ザ・タイガースフィンガー5を思わせる「セクシーな青年たちによるグループサウンズ・ブームの後半に、突如として現れたチャイルド・グループ」として描かれていました。

 『道徳という名の少年』『ほんとうの花を見せにきた』など同様、近年の著者のパターンのひとつである、ゆるやかにリンクする物語を複数の視点から描く手法が採られていました。そういう意味では、著者のファンなら安心して読める一方、どこかで読んだことがあるような思いも拭えません。

 残された人々の証言によって死者の肖像が浮かび上がるタイプの作品はいくつかあり、本書にもそうした一面がないわけではありません。一方で、残された人々がスターの死と向き合ってまだ残りある自分の人生を歩んでゆく側面もありました。これは表裏一体のものなのでしょう。

 第一章はある日突然連れて来られたスターの子ども「傷痕」の物語。常に仮面をつけられ、関係者以外で素顔を見た者はいません。

 第二章はスターの大ファンの高校生とひょんなことから知り合い結婚することになった男の物語。知り合ったきっかけの怪我で妻には額に傷痕があります。出会いと結婚と子どもが出来てからの疎遠と修復といったごく当たり前の夫婦の物語の、要所要所にスターの存在がありました。

 第三章は執拗にスターのスキャンダルを暴こうとする事件記者。「自分には、世界のバランスを取る重要な役目を与えられているんだと信じてるよ」という気違いじみた信念を本気で信じてなければ務まらない職業なのでしょう。嫉妬と劣等感と思い込みだとしか思えませんが、そんな人間にも親と子の絆はあるようです。

 第四章は児童性愛疑惑の被害者(告発者)である少女の回想です。少女は「部屋でなにがあったのか、ほんっとにおかしな話だけど、いまのあたしは知らないの……」と語りますが、現実の事件同様、薬の可能性が示唆されていました。親や世間は少女やスターを食い物にします。少女も傷のことを口にしていました。

 第五章ではスターの姉・孔雀の思い出。これは実在のマイケルの姉妹ではなく完全な架空の人物でしょうか。

 第六章の語り手たちはスターのスタッフたち。そして仮面の少女・傷痕の今後。なぜ傷痕と名づけられたのかはわからないままです。よほど第二章の少女(妻)の方が傷痕です。子どもという役割に未来へ繋ぐ希望を込められているだけの存在だとしか思えませんでした。

 偉大なるスター、キング・オブ・ポップが51歳で急逝した。子供時代、二人の兄と一人の姉と共にデビュー後、独立して類稀な歌と踊りで世界の救世主となっていた。遺されたのは11歳の娘“傷痕”。だがその出生は謎でイエロージャーナリズムは色めき立つ。彼女は、世界は、カリスマの死をどう乗り越えるのか。(カバーあらすじ)

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