『不安な童話』恩田陸(新潮文庫)★★★★☆

『不安な童話』恩田陸新潮文庫

 二十五年前に夭逝した画家で童話作家の高槻倫子の展覧会。語り手の万由子は絵を見て既視感を覚え、自分が刺し殺される幻覚を見て気を失ってしまいます。

 絵を見て知らないはずの記憶が甦ってくるという、クリスティを髣髴とさせるような導入にたちまち引き込まれます。

 やがて万由子の前に現れた倫子の息子・秒が、万由子は倫子の生まれ変わりだと告げるのですが、その理由というのが、倫子は万由子が見た幻覚の通りにハサミで刺し殺されたのだ……というものでした。

 これを荒唐無稽で終わらせないのが、失せ物捜しが得意という第六感のようなものが実際に存在している世界だというエピソードで、果たして本当にデジャヴや生まれ変わりなのか、それとも何らかのトリックが存在するのか、どちらもあり得そうなまま話は進んでゆきます。

 生まれ変わりが真実なら、倫子を殺した犯人の顔も思い出せるのでは……という期待と恐れも持ちつつ、万由子と秒は倫子の遺言に従って四幅の絵を四人の関係者に届けに行きます。

 この四人の容疑者とも言える人々が絵を見て激昂したり元愛人の噂があったりと怪しさ満点なうえに、四人と会い始めた途端に万由子のもとに手を引けと脅迫電話がかかってきたりと、不穏な空気は濃くなってゆきます。

 一応のところはデジャヴと生まれ変わりと、倫子殺害犯と、倫子が絵を遺した動機というのが大きな謎とは言えるのですが、普通の推理小説と違うのは、三分の二くらいでようやく倫子の死の状況が詳しく紹介されるところです。関係者が死の状況を意図的に隠したためという事情はあるにはせよ、それまで死んだ状況もわからないままだったということに気づいて愕然としました。

 こういう話は真相に拍子抜けすることも多いのでさして期待していなかったのですが、超常的な謎を扱った作品にしてはすっきりしていました。登場人物たちがそれぞれの思惑で行動を起こした結果さまざまなことが起こったものの、そうした肉をそぎ落としてみれば倫子殺害事件自体はシンプルなものです。探偵役もいるにはいるのですがあまり存在感がないので、出しゃばらずに作品世界の雰囲気を壊していませんでした。【※ネタバレ*1

 私は知っている、このハサミで刺し殺されるのだ――。強烈な既視感に襲われ、女流画家・高槻倫子の遺作展で意識を失った古橋万由子。彼女はその息子から「25年前に殺された母の生まれ変わり」と告げられる。時に、溢れるように広がる他人の記憶。そして発見される倫子の遺書、そこに隠されたメッセージとは……。犯人は誰なのか、その謎が明らかになる時、禁断の事実が浮かび上がる。(カバーあらすじ)

 [amazon で見る]
 不安な童話 




 

 

 

*1 万由子のデジャヴは前世の記憶ではなく、事件を目撃した姉のうわごとを聞いて刷り込まれたものだった。四人の一人と不倫していた倫子が別れを切り出され、子どもが邪魔だからだと思い込んで我が子を殺そうとして、返り討ちにされたのが真相。嫉妬した秒の恋人や、秒につらい記憶を取り戻させまいとした実の父親や、記憶を取り戻してから関係者に自分のしたことがばれたと勘違いした秒たちが、それぞれ脅迫や放火や殺人未遂をやらかしたため事件が複雑になった。

*2 

*3 


防犯カメラ