俳句甲子園を題材にした『春や春』の続編――というか、同じ大会を舞台にした別高校の話です。
本書の方がドラマ性もあって楽しめました。
過疎の島なのでまずは出場人数が集まらないところからスタートするのですが、短歌好きの下級生を勧誘するために、短歌と同じ気持を俳句で詠んで説得しなければならなくなります。仲間集めのためのミッションという王道の展開にわくわくしました。
ただ単に同じ内容を俳句で表現するだけでなく、季語の特性を活かすことによって俳句特有の魅力を描いているところが秀逸です。そのうえ短歌と俳句って何が違うの?という一般読者の疑問にも答える形にもなっていて、登場人物と読者を共に俳句の魅力に引きずり込む見事な導入だと思いました。
俳句の大家の作品を巡る「第二芸術論」問答や俳句とは何かを巡る会話が描かれていた『春や春』と比べても、一高校生の等身大の感情を詠んだ本書の導入の方が共感性も説得力もありました。
本書の方が優れている点はほかにもあって、登場人物の掘り下げも本書に軍配が上がります。良くも悪くも漫画のキャラクターみたいだった『春や春』に対し、本書ではより生の現実が描かれていました。主人公の航太は島で唯一の和菓子の息子ですが、店を継ぎたい航太に対して父親はさらなる過疎化を見据えて進学を勧めます。友人の恵一はその反対に漁師を継ぐことを拒み、好きな俳句が点数化されることを嫌います。短歌をたしなむ後輩・京は、俳句の本場・松山に実家がありながら家族と離れて島で暮らす訳ありです。神社の息子である和彦は将来のため人間観察と人脈構築に重きを置いています。リーダー格で発起人の日向子にはリーダーたらねばならない理由がありました。
前作以上に性格もバラバラなら実力もバラバラです。もともとバスケ部である航太は素人代表みたいなもので、より読者の視点に近い人物だと言えそうです。
航太には聞いたことを映像で思い浮かべられる特技(癖?)があって、そのことも読者の俳句理解と鑑賞の助けになっていました。
ルールがあるから面白いという航太の言葉も印象的です。
主人公たちを島の住人にしたことで、くらげや道に対するイメージの違いなど、詠み手と鑑賞者の立場による揺らぎも際立たされます。それが良い悪いということではなく、俳句甲子園という舞台では作品点以上に鑑賞点が大事だということの再確認ではあるのですが。
女子校だった藤ヶ丘とは違い男女混合チームだから――というわけでもないのですが、恋愛要素も増えていました。
その最たるものは、前作に登場した「夕焼雲でもほんたうに好きだつた」の句とその作者を巡るエピソードでしょう。俳句甲子園の会場でその句の披講を見ていた航太は、作者の視線の先にあるものに気づきます。この熱い恋の句が実は恋愛未満の関係を詠んだものだというのが高校生らしくて面白いです。
前作を読んだ読者は、敗者復活したのが藤ヶ丘だということを知っています。だからページ数を残して航太たちが敗退することはわかります。そのままエピローグ的な内容になるのかと思っていたら、そこからもう一歩俳句の魅力に踏み込むのも、本書のいいところでした。決勝に進んだ対戦相手のため、試合開始までの短いあいだに練習試合をする――。そこには純粋に俳句を楽しもうとする航太たちの姿があります。試合が終わっても終わりじゃない。それを負け惜しみではなく実際にちゃんと描いてくれている名場面だと思いました。
前作の主人公だった藤ヶ丘の生徒たちは本書では飽くまで出場校の一校であり、主人公たちとは最後にちょっと読者サービス的に絡むくらいです。
瀬戸内海に浮かぶ五木島《いつきじま》。過疎が進み、航太の通う高校も再来年には廃校になる。家業の和菓子屋を継ぐことを父親に反対され、宙ぶらりんな日々を過ごしている航太を、俳句甲子園を目指す同級生の日向子が仲間に誘う。幼馴染の恵一や個性豊かな後輩たちをどうにか仲間に引き込んで、頭数は揃った。未来への希望も不安も、すべてを込めて、いざ言葉の戦場へ!(カバーあらすじ)
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