『ふたたび赤い悪夢』法月綸太郎(講談社ノベルス)★★★☆☆

『ふたたび赤い悪夢』法月綸太郎講談社ノベルス

 著者あとがきによれば、『頼子のために』の続編であり、『頼子のために』『一の悲劇』『ふたたび赤い悪夢』で三部作を成し、さらには『雪密室』の後日談という話です。

 なるほど登場人物とその過去の因縁は『雪密室』、探偵の苦悩は『頼子のために』から引き継いでいるようです。

 探偵として事件に関わる自信をなくして本業の小説に集中しようとするもスランプに陥っていた綸太郎は、父親宛ての電話を受けとります。それは『雪密室』事件で法月警視の世話になったアイドル中山美和子からのものでした。尋常ではない様子に気づいた綸太郎は、不在の父親に代わって美和子に会って事情をたずねます。

 ラジオ局で見知らぬ男にナイフで脅され刺されて気を失ってしいまい、気づくと服は血塗れ。近くの公園には男の刺殺体。自分が殺してしまったのでは……。奇しくも十七年前、美和子の実の母は双子の兄と父を殺して自殺していました。忌まわしき殺人者の血が自分にも流れているのではないかと不安がる美和子の無実を信じて、綸太郎と法月警視は美和子のことを警察にも事務所にも知らせずに匿ったまま、独自に捜査を開始します。

 美和子の事務所社長・葛西は、かつてデルタ・ミュージックの本田に嫌がらせを受けて事務所を追い出された人間でした。本田は成功や復讐のためなら手段を選ばない人間で、美和子の売り出しもことごとく妨害しようとしてきました。そのことを考えれば今回美和子を襲った暴漢も本田の差し金である可能性もありました。

 殺人者の娘が人を殺してしまった――という悲劇の連鎖といい、自分が事件に介入したせいで悲劇が起こったのではないかと自責する綸太郎といい、暗い結末にしかなり得ないのではないかと不安は募ります。

 果たして綸太郎が危惧していた通り、事態は最悪の形を迎えてしまいます。どっちに転んでも人殺しの娘――。ミステリではお馴染みの人物入れ替わりや時間差の死亡などを駆使して、何が何でも人殺しの娘という状況を作り出そうとする作者の執念には頭が下がります。

 そんな八方塞がりのなか、【十七年前の事件は殺人ではなく自殺だった】という解決策が用意されていてほっとしました。しかし綸太郎が推理によって真相を導き出したのでもなければ、綸太郎の介入によって悲劇が幸福劇に転じたわけでもなく、関係者の告白によって事実が明らかにされ(しかももう少しで二度までも美和子の精神を破壊しかけ)、ハッピーエンドに終わったのも綸太郎の功績ではなく結果論でしかありません。

 それでは何の解決にもなっていないと思いますし、『頼子のために』の呪いはそんな程度のものだったの?と拍子抜けしてしまいました。

 クイーン『九尾の猫』に引用された聖書の言葉「神はひとりであって、そのほかに神はない」についても、作者法月綸太郎は納得したのかもしれませんが、ミステリ小説的な解釈が用意されているわけでもなく、敢えて作中で問いを立てるようなものとは思えません。

 美和子の兄の話【※美和子のポスターで自慰したのを脅迫されて、美和子の母親の話を週刊誌に垂れ込んだ。という話自体が自演だった】も、敢えて入れる必要もないような内容で、そこだけ一連の事件からは浮いていました。血のつながり、でこじつければ関連しているとも言えますが。

 DJのアイドル論などは不要の極致。

 綸太郎の苦悩にケリをつける、という制約がなければ傑作になり得ていたかもしれない作品でした。

 ノベルス版著者のことば「昨年、巷では〈吉本新本格〉が流行っていたそうですが、今回はこれに対抗して、〈大映ドラマ新本格〉に挑戦してみました。/百鬼夜行する90年代アイドル業界を舞台に、過酷な運命に弄ばれる悲劇のヒロイン、中山美和子。そして、彼女を救うために敢然と立ち上がった名探偵、法月綸太郎の煩悶と快刀乱麻を断つ推理。波瀾万丈の痛快娯楽巨篇、新本格版『少女に何が起こったか?』、全一巻の始まり始まり――。

 あとがき「お待たせしました。/一年ぶりの新作長編、今回は『頼子のために』の続編です。物語は西村頼子の事件が終わった半年後から始まり、彼女の一周忌の日、『頼子のために』の冒頭に回帰する場面で終ります。ちなみに、昨年、祥伝社から出た『一の悲劇』は刊行こそ一年先になりましたが、本書で扱っているものよりも後の事件です。そして、これらの三作品は、作中の時系列とは関係なく、頼子・一・本書の順で三部作を構成します。/さらに、本書は『雪密室』の後日談という体裁を取っているため、言うなれば、〈探偵〉法月綸太郎シリーズの(現時点での)総集編的な色彩が強くなりました。ストーリーの展開上、『雪密室』『頼子のために』と登場人物・エピソード等重複するところが多いので、本書に先立って、右記二作を読んでいないと、わかりにくい部分があることをお断わりしておきます。/自分の年齢と能力を考えると、やはり今回の試みはあまりにも無謀であったような気がするのですが、今はとりあえず、書き終えられただけでも幸運だったと考えています。少なくとも、一年前に書き始めた時には、こんな誇大妄想的な小説が、本当に完成するとはとても信じられなかったからです。むろん、こうしてできあがったものが、当初の構想からかけ離れた、つぎはぎだらけのやっつけ仕事になってしまったことは否めません。しかし、どうしてもこの本だけは、今、この時点で、まとめておかなければならなかった。さもなければ、早晩、ぼくは身動きがとれなくなっていたでしょう。野暮を承知で言えば、これは昨年頃から、徐々に〈新本格〉とその周辺を覆い始めた得体の知れない閉塞感、反動期的なムードと切り離せない問題のように思えるのです。(以下略)」

 アイドル歌手・畠中有里奈にいったい何が起こったのか。刺されたはずの自分が生きていて、刺した男が死体で発見されたのだ。悪夢の一夜に耐えきれず、彼女は法月父子に救いを求めたのだが……。知的興奮とスリル。回転計《タコメーター》はレッドゾーンにはりついたままだ!(カバーあらすじ)

 [amazon で見る]
 ふたたび赤い悪夢 講談社ノベルス 


防犯カメラ