『バベル島』若竹七海(光文社文庫)★★★☆☆

『バベル島』若竹七海光文社文庫

 単行本未収録作品のなかからホラーテイストのものを選んで集めたもの。古典的な怪談からミステリ味のあるものまで、幅広い作風ではあるのですが、小粒なものが多くあまり印象に残りませんでした。
 

「のぞき梅」(1994)★★★☆☆
 ――長らく連絡をとっていなかった友人のご両親から、久しぶりに遊びに来ませんかという手紙をもらった。もともと身体の弱かった友人は食あたりを起こして脱水症状であっけなくこの世を去っていたが、ご両親はその後もなにかとわたしのことを気にかけてくれた。ちょうど実家からもらった梅酒が残っていたので、梅酒のゼリーを作ってでかけた。「いい香りだ。桜の花のゼリーとは珍しいですな」「桜の花を浮かべていますけど、中身は梅酒の寒天寄せなんです」途端にご両親の手が止まった。「実はアレルギーがありまして……」

 先祖が罪を犯した呪いで一族が梅のせいで死ぬようになったという因縁話はありふれています。この結末は、呪いなんてなかったということなのか、呪いは梅じゃなかったということなのか、どちらなのでしょう。
 

「影」(1993)★★☆☆☆
 ――ある春の日のこと、友人と連れだち、Kさんの自宅へ出かけた。ふと向かいの塀の一部に目が止まった。灰色の大きなしみができていた。立ち上がったエリマキトカゲを真正面から見たシルエットに似ていた。わたしが見ているのに気づいて、Kさんが話を始めた。数年前、不正な手段でYさんからその家を手に入れた悪徳不動産の女社長が住んでいた。仕事から帰ったKさんが母親にたずねた。「女社長って、ひとりで住んでるの?」「そう」「でもさっき、窓に人影を見たと思ったんだけどね」

 因縁話のようでいて理屈には合いません。影やしみが女社長の死んだ赤ん坊だとしても、取り壊される前のYさんちの中庭にあったお地蔵さんだとしても、その後も壁のしみになる理由がありません。だから火事の日とYさんちが取り壊された日の暗合も、暗合になっていません。
 

樹の海(1995)★★★☆☆
 ――ホラー小説家の杉浦が、巻き込まれたとかいう殺人事件の話をしゃべり出した。「一か月前、友人のリゾートマンションに行ったんすよ。釣りをしたりして楽しかった」小説と同じでムダが多い。「渋滞に巻き込まれていると、友人が知り合いの里中と奥さんがいるのを見つけて声をかけたんすよ。すると友人と同じく里中も急用で帰らなくてはならなくなったとかで、オレが車を運転して奥さんを近くまで送っていくことになりました。『杉浦センセイは悪い人なんで気をつけてください』と友人が冗談を言うわけ。それを信じたのか奥さんがそっけなくて、居心地悪かったすよ。妊娠中みたいなんで、しょーがないけど。気を紛らすために怪談を始めたんです。深夜、白い影が車に追いすがって、後ろからがりがりと……」

 これもオーソドックスな仕掛け【※トランクに乗せた死体(のはずがまだ生きていて)が、怪談の通りにがりがりと……】の作品ではありますが、語り手の小説家がバカなので自分で話していて気づかないという設定を用いることで、目くらましにはなっていました。
 

「白い顔」(1996)★★★☆☆
 ――薩摩平太郎は愛人を持っている。妻は嫉妬深い質で、以前ある女性との関係がばれて大変な騒ぎに発展したことがある。なにかとやりきれなくなると、愛人のもとへと向かってしまう。「半年もいらっしゃらないんだもの。奥様にばれちゃったのかとひやひやしちゃった」愛人は鹿島玲子という。死に別れた夫の夢だったマイホームを建築しようとするも、一度目は建設会社に夜逃げされ、二度目は放火に遭い、ようやく三度目。「うちの土地に能面みたいな無表情で女がうろついていたの。奥様の仕業じゃないわよね」「まさか」。そう言いながらも放火犯が捕まっていないのも気になり、翌日、玲子の土地へ足を運んだ。

 生霊というミスディレクションを用いて正統派の怪談を演出しながら、その実ブラックユーモアあふれる現実的な恐怖をオチに用意してあるのが無性に可笑しい作品です。【※建築を成功させたい玲子が薩摩を誘い出して、土地神への人柱として埋める。
 

「人柱」(1996)★★☆☆☆
 ――刑事の一条風太は、高校時代の先輩である工藤利雄から相談を受けた。工藤の父親は駅のホームから転落し、過労死だという話だった。心労を抱えていたのは確かだし、青酸ソーダを飲んで死んだ部下がいたものの、それと過労死は無関係らしい。ところが最近、父親の部屋から日記が出てきた。『アルバイトのMがおかしなことを言う。部長に気に入られているからとずうずうしくなっている。Mもあいつらのひとりだ。Mのあとを追いかける。あんな女などいなければいい。Mが死んだそうだ。ホームから落ちて』。「工藤さんはお父さんがMという女性を殺したと思ってるんでしょうか」

 父親が呉服会社で振り袖の担当だったことと売り上げ不振という記述から、【丙午生まれで女性が少ない世代が二十歳の年なので、振り袖の需要自体が少ないのに、会社から例年通りの売り上げを要求され、女性を逆恨みするようになる】という日記作者の動機を推測するところはスマートなのですが、そこからひとひねりして【父親が会社のために日記作者である部下を殺したのではないか――】というのは少し強引に感じました。
 

「上下する地獄」(1993)★★★☆☆
 ――残業していた将彦と大野係長は、十一階のオフィスからエレベーターに乗った。「おい、知ってるか。ここは墓場だったんだ。その後に学校が出来て、それからこのビルが建てられた。呑み屋のおやじに聞いたんだが、その学校には七不思議があってな。髪の長い若い女が……」途端にエレベーターが止まり、髪の長い若い女が乗り込んできたのでぎょっとした。一階についてから大野が小声で言った。「あの階には企業が入ってないはずなんだが」……お盆休みが近づくころ、将彦がエレベーターに乗ると、あのときの若い女が乗り込んできた。ゆっくりと降下していく途中で、エレベーターが急停止した。

 エレベーターに閉じ込められた恐怖。幽霊と閉じ込められた恐怖。それをしっかりと描きつつ、【実は将彦の方が幽霊】だったというオチをつける贅沢な一篇なのですが、精神が病んでいる系の作品は苦手です。その描写が、【エレベーターから落ちてしまい、その結果死んでしまったことにも気づかない】ということに繫がっているのはわかるのですが。
 

「ステイ」(1993)

「回来」(1993)

「追いかけっこ」(1995)

「招き猫対密室」(1997)
 

「バベル島」(2000)★★★★☆
 ――昨年ウェールズのバベル島で起こった惨劇から、からくも生還した日本人がいる。従弟である高畑一樹だ。怪我はさしたるものではないが、ショックでしゃべることができなくなっていた。荷物を整理するうち二冊の日記を発見した。一樹のものと、わたしたちの曾祖父である葉村寅吉のものだ。サー・ジェイムスは幼いころにブリューゲルの描いたバベルの塔の絵を見て、神様の怒りに触れて壊されたのだというナニーの説明に魅入られてしまった。あとを継いだときには財産を注ぎ込んで塔を建て始めた。イギリスの建築物に興味のあった寅吉が見学に訪れた際、いろいろと打ち明けてくれたビルという男が死体で見つかった。一樹は曾祖父の日記を見つけて、完成間近の塔を見に行くことにしたのだ。

 名前からすると語り手は葉村晶の可能性があります。それに相応しくトリッキーな内容でした。偏執狂が作りあげた奇妙な建築というのはなぜか人を魅了するもので、バベルの塔の建築というだけで惹きつけられてしまう魅力がありました。偏執狂によるさらなる狂気は、バベルの塔に相応しく壮大なものでした。ミステリの世界には「文字通り解釈する」ことによって事件が引き起こされる名作がいくつかあり、この作品もそれらに連なる名作でした。【※サー・ジェイムスの計画はバベルの塔を作ることではなく、バベルの塔を人間とともに崩壊させることだった。

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