『二冊の同じ本 日本推理作家協会編 最新ミステリー選集1〈愛憎編〉』松本清張他(光文社カッパ・ノベルス)
「二冊の同じ本」松本清張(1971)☆☆☆☆☆
――古書目録に目を通していると、『欧州ことにロシアに於ける東洋研究史』というのに視線が止まった。「書込みあり」とある。この本は私も持っている。四年前に死んだ塩野泰治氏に貰ったのである。何ページか書込みがあったかと思うと、十ページ以上何も書込みがない。こうして書込みと空白が交互にくりかえされていた。おどろいたことに、購入した『東洋研究史』にも塩野氏の書込みがあった。しかも、私が持っていた本の書込みページがその本の空白ページに当たり、こっちの空白ページが古書展の書込みページに当たっていた。三日ばかりして塩野慶太郎――泰治氏の養子から電話がかかってきて、古書展で購入した『東洋研究史』を譲ってほしいと頼んできた。
たしか北村薫か宮部みゆきのエッセイか対談で、その当時の時点で単行本化されていない名作みたいに言われていたのでいつか読みたいと思っていた作品でした。読んでみるとこれが驚くほどの大駄作でした。発端の謎は魅力的です。ところが語り手がどうしてここまで詮索好きなのかがわかりません。好き好んで他人の家の事情をほじくり返す行為の動機付けがないので、せっかくの魅力的な謎なのに語り手とともに謎を追う気持ちになれません。
そしてその謎の真相自体も引っ張ったわりにはひどいものでした。自宅と旅先で二冊用意していたのではないかと語り手は推測しながら、集中できない旅先の本の方に書込みページ数が多いのは不自然だといったんはその推測を否定します。ところが真相は――書込みが多かったのは【愛人の家という特別な環境のせい】だそうです。いったんは否定した推測以下の真相でした。
また、事件の背景には、【泰治が愛人の弟を殺してしまった際に慶太郎が罪をかぶって弱みを握ることで出所後に養子となって財産を手に入れた】という事件がありました。それ自体はいいでしょう。しかし慶太郎が『東洋研究史』を手に入れたかったのは、【その過去の秘密につながる「過去の軌跡を抹消したかった」】からだというのではとうてい理解できません。
語り手含めて登場人物の行動が不自然すぎて、多少なりとも納得できる行動をしているのが復讐を遂げる奥さんくらいでした。
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